Last Updated on 2026年2月8日 by 渋田貴正

限定承認の全体像(相続人全員の意思決定から清算まで)

相続が発生した際、被相続人に借金があるかもしれない一方で、不動産や預金などの財産も残っていそうな場合、「相続放棄してしまうのは惜しいが、無制限に借金を引き継ぐのは不安だ」と感じる方も少なくありません。そのような場面で検討されるのが、相続の限定承認です。

限定承認は、相続によって取得した財産の範囲内でのみ被相続人の債務を引き継ぐ制度で、一見すると相続人にとって安全な選択肢のように見えます。しかし、実務上の限定承認は、単に家庭裁判所に申請すれば終わる制度ではなく、相続人には一定期間、相続財産の管理と清算に関与することが求められます。

まずは、相続人の立場から見た限定承認の全体的な流れを確認してみましょう。

段階 手続き・状況 相続人に求められる対応
相続開始直後 相続の開始を知り、財産と債務の調査を行う 預金・不動産・借入金などを把握し、限定承認を選択すべきか検討する
方針決定 相続人「全員」で限定承認を行うか協議する 相続人全員の同意を取りまとめ、意思統一を行う
申述期限内 家庭裁判所へ限定承認の申述を行う 期限(原則3か月)を意識し、必要書類を揃えて申述する
受理後 相続財産の管理を開始する 相続財産を勝手に処分せず、管理・保全を行う
公告期間 官報公告や債権者への個別通知を行う 債権者からの連絡に対応し、内容を確認する
清算段階 相続財産を換価し、債権者へ弁済する 弁済の順序を守り、適切に支払いを進める
最終段階 清算終了後、残余財産があれば相続人に帰属 税務申告の要否を含め、最終的な整理を行う

限定承認のプロセスごとの注意点

このように、限定承認は「選択した時点」で完結するものではなく、相続人が一定の期間、相続財産の管理と清算に関与することを前提とした制度です。以下では、この流れに沿って、相続人にどのような対応が求められるのかを具体的に見ていきます。

プロセス1 相続の開始を知り、財産と債務の調査を行う

限定承認を検討する前提として、相続人には被相続人の財産と債務の全体像を把握することが求められます。預金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借入金や未払金、保証債務の有無なども含めて確認しなければなりません。
この段階では、正確な金額がすべて判明していなくても構いませんが、「明らかに債務超過の可能性があるのか」「プラスとマイナスが拮抗していそうか」といった大まかな判断材料を揃える必要があります。限定承認は、こうした初期調査を前提に成り立つ制度です。

プロセス2 相続人全員で限定承認を行うか協議する

限定承認は、原則として相続人全員が共同して行う必要があります。そのため、相続人の確定と連絡調整は避けて通れません。
相続人の中に一人でも意思表示ができない人や、限定承認に同意しない人がいる場合、制度そのものを選択できなくなる可能性があります。
この段階では、感情面の整理だけでなく、「全員で同じ方向を向けるかどうか」という現実的な調整力も相続人に求められます。

プロセス3 家庭裁判所へ限定承認の申述を行う

限定承認を選択する場合、相続の開始を知った日から原則3か月以内(熟慮期間)に、家庭裁判所へ申述を行う必要があります。この期限は非常に重要で、調査や協議に時間をかけすぎると、あっという間に熟慮期間が経過してしまいます。
申述にあたっては、相続人全員分の書類や戸籍関係書類、財産目録などを整える必要があり、形式的な要件も厳格です。期限内に、かつ適切な内容で申述を行うことが、限定承認の第一関門といえます。

プロセス4 相続財産の管理を開始する

限定承認が受理されると、相続人は相続財産を管理する立場になります。家庭裁判所によって相続財産管理人が選任されれば、その管理人が管理から清算のプロセスを行います。
この時点から、相続財産は自由に使えるものではなくなり、処分や分配には制限がかかります。現預金や不動産、動産などを適切に保全し、債権者対応や清算に備える必要があります。相続人は、相続財産を「預かっている」という意識を持つことが重要です。

プロセス5 官報公告や債権者への個別通知を行う

限定承認では、官報による公告や、把握している債権者への個別通知を行い、債権の申出を求めます。
公告後には、金融機関や取引先、個人の債権者などから連絡が入ることがあります。
相続人は、これらの請求内容を確認し、正当性を判断したうえで対応しなければなりません。精神的な負担を感じやすい段階ですが、限定承認の核心部分でもあります。

プロセス6 相続財産を換価し、債権者へ弁済する

申出のあった債権について整理ができたら、相続財産を換価し、法的な順序に従って弁済を行います。
不動産や有価証券がある場合には、売却方法やタイミングによって結果が大きく変わることもあります。
また、弁済の順序を誤ると、後から問題になる可能性があるため、慎重な判断が求められます。この段階では、単なる事務作業ではなく、法律的な整理が不可欠です。

プロセス7 清算終了後、残余財産があれば相続人に帰属

すべての弁済が完了した後、なお相続財産が残っている場合には、その残余財産が相続人に帰属します。
ただし、この段階でも、相続税の申告が必要かどうか、相続財産を売却したことによる譲渡所得税が発生していないか、被相続人の準確定申告が必要かなど、税務上の検討事項は残ります。
限定承認は清算が終わって初めて完結する制度であり、最後まで気を抜けない点に注意が必要です。

限定承認でも税金の問題は残る

限定承認を選択した場合でも、税金の問題は発生します。相続税の申告が必要かどうか、相続財産を売却した場合の譲渡所得税、被相続人の準確定申告の要否など、状況に応じて検討すべき論点は複数あります。

限定承認をしたからといって、税務上の対応が不要になるわけではなく、むしろ通常の相続よりも検討事項が増えるケースもあります。

限定承認は、相続人が自分の固有財産を守るための有効な制度です。一方で、相続人全員での判断、期限管理、相続財産の管理、債権者対応、税務上の整理など、相続人に求められる役割は決して軽くありません。

制度の名前だけで判断するのではなく、相続人としてどこまで対応できるのかという現実的な視点を持ったうえで、限定承認を選択することが重要です。