Last Updated on 2026年2月7日 by 渋田貴正
国外転出(相続)時課税とは、相続が発生した時点で一定額以上の有価証券等を保有していた日本の居住者が亡くなり、その相続人や受遺者が海外居住者(非居住者)である場合に、実際には売却していなくても「譲渡があったもの」とみなして所得税が課される制度です。一言でいうと、「含み益の持ち逃げ防止」のための制度です。日本にいる間に値上がりした金融資産について、相続をきっかけに課税の網をすり抜けることを防ぐための制度ともいえます。
この国外転出(相続)時課税は、相続税ではなく所得税の制度です。相続なのに所得税?と感じる方が多いのですが、法律上は「被相続人が死亡時に譲渡したものとみなす」という構成を取っているため、準確定申告により所得税を計算・納付する仕組みになっています。
国外転出(相続)時課税の対象となる資産
対象となるのは、いわゆる金融商品が中心です。具体的には上場株式や未上場株式、投資信託、未決済の信用取引、未決済のデリバティブ取引などが該当します。不動産は対象外です。不動産を海外に持ち出すことは不可能なので、海外在住の相続人が日本の不動産を相続したから国外転出(相続)時課税がかかるという話ではありません。
また、対象となるかどうかは金額基準があります。相続開始時点で、これらの対象資産の時価合計額が1億円以上であることが要件となります。つまり、海外在住の相続人がいるからといって、すべての相続で問題になる制度ではありません。ただし、株式や投資信託を長年保有していた方の場合、本人が思っている以上に評価額が膨らんでいるケースも多く、相続発生後に初めて制度の存在を知る、という事態も珍しくありません。
国外転出(相続)時課税の対象となる被相続人の要件
この制度が適用されるためには、被相続人側にも要件があります。相続開始時点で日本の居住者であり、かつ一定期間以上日本に住所を有していたことが必要です。要するに、日本と十分な居住実態のある人が亡くなった場合を想定した制度です。
課税関係を簡単に整理すると、次のようになります。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 課税の性質 | 相続税ではなく所得税(みなし譲渡) |
| 申告主体 | 相続人が被相続人の準確定申告として行う |
| 申告期限 | 相続開始を知った日から4か月以内 |
| 課税対象 | 相続時点の含み益 |
ここで重要なのは、「税金を払うのは誰か」という点です。実務上は相続人が手続きをしますが、あくまで被相続人の所得税として計算されます。そのため、相続税申告とは別に、所得税の準確定申告が必要になります。相続税と所得税、二つの税目が同時進行する場面であり、実務が一気に複雑になるところです。
通常の国外転出時課税との違い
国外転出時課税という制度には、実は二つの顔があります。
一つは、生前に海外へ移住する場合に問題となる「通常の国外転出時課税」です。もう一つが、あまり知られていないものの、相続の現場では突然牙をむく「国外転出(相続)時課税」です。
どちらも「含み益のある金融資産が、課税されないまま国外へ流出することを防ぐ」という共通の目的を持っていますが、発生するタイミングも、申告をする人も、実務上の難しさも大きく異なります。生前の国外転出時課税は、ある意味で“自分で準備できる税制”ですが、国外転出(相続)時課税は“相続が始まってから気づく税制”であり、対応できる時間は驚くほど短いのが実情です。
制度の名前が似ているため混同されがちですが、両者を同じ感覚で捉えてしまうと、申告漏れや納税遅延といった取り返しのつかない事態につながりかねません。そこで、通常の国外転出時課税と国外転出(相続)時課税について、どこが同じで、どこが決定的に違うのかを、以下の表で整理します。
| 比較項目 | 通常の国外転出時課税(生前移住) | 国外転出(相続)時課税 |
|---|---|---|
| 制度の趣旨 | 含み益のある資産を保有したまま海外へ移住し、将来の譲渡益課税を回避することを防止 | 相続を利用して含み益のある資産が国外に流出し、課税されないままとなることを防止 |
| 発生のタイミング | 本人が日本から国外へ転出した時 | 被相続人が死亡し、非居住者が相続等により資産を取得した時 |
| 課税の性質 | 本人に対する所得税(みなし譲渡) | 被相続人に対する所得税(みなし譲渡) |
| 申告を行う者 | 転出する本人 | 相続人(被相続人の準確定申告として提出) |
| 対象者の主な要件 | 過去10年以内に日本に5年超居住 対象資産の時価合計1億円以上 |
相続開始時に居住者であった被相続人 対象資産の時価合計1億円以上 |
| 対象資産 | 株式、投資信託、匿名組合出資、未決済デリバティブ等 | 左記と同じ(不動産は対象外) |
| 評価時点 | 原則:国外転出日の時価 (納税管理人未届出の場合は転出予定日の3か月前) |
相続開始時点(死亡時)の時価 |
| 申告期限 | 原則:翌年3月15日 (納税管理人未届出の場合は転出日まで) |
相続開始を知った日から4か月以内 |
| 納税猶予 | 原則5年、届出により最長10年 | 相続開始日から5年(一定の要件あり) |
| 課税の取消・減額 | 猶予期間内に帰国、価格下落、外国税額控除等により可能 | 5年以内に相続人が帰国・居住者への贈与等で取消可能 |
国外転出(相続)時課税には、救済規定も用意されています。相続により対象資産を取得した非居住者である相続人が、相続開始の日から5年以内に日本に帰国し、引き続きその資産を保有している場合には、国外転出(相続)時課税は「なかったもの」として取り消すことができます。また、5年以内にその資産を日本の居住者に贈与した場合や、相続人自身が亡くなり、その資産を取得した者全員が居住者となった場合にも、同様に課税取消が認められます。
ただし、取り消しは自動ではありません。所定の期限内に更正の請求を行う必要があります。ここを逃すと、せっかくの救済措置が使えなくなります。更正の請求は権利であり、義務ではないという点に注意が必要です。
さらに、国外転出(相続)時課税には納税猶予制度があります。一定の要件を満たし、申告期限までに納税管理人の届出などを行った場合には、最大5年間、所得税の納付を猶予してもらうことができます。ただし、猶予と引き換えに担保の提供が必要となります。担保評価や書類作成の負担も軽くはなく、「猶予=楽」という単純な話ではありません。
実務上は、相続人が海外在住で日本の税制に不慣れなケースが多く、納税管理人の選任、担保手続、準確定申告の作成が同時に発生します。
国外転出(相続)時課税は、知っているか知らないかで結果が大きく変わる制度です。適用の有無、取消の可否、納税猶予の選択など、判断ポイントは相続開始直後に集中します。海外在住の相続人がいる場合や、多額の金融資産をお持ちの場合には、早い段階で税務の専門家に相談することが、結果的に一番コストを抑える選択になることも少なくありません。
当事務所では、国外転出(相続)時課税を含む国際相続の税務について、制度の説明から申告・手続まで一貫して対応しています。相続と税務が交差する場面こそ、専門家の腕の見せどころですので、不安を感じた段階でお気軽に税理士業務をご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。
