Last Updated on 2025年11月16日 by 渋田貴正

国外転出時課税とは、株式などの資産に含み益があるまま海外へ転出し、課税の軽減を目的とした移住による課税逃れを防ぐための制度です。日本では2015年に導入され、現在では外国籍の方や海外移住者、投資を行う会社員など幅広い方に関係する可能性があります。

一般の方には馴染みの薄い制度ですが、外国籍の方や海外赴任・移住を控えている方、海外で事業を行う方には非常に重要な税制です。特に米国籍の方やデュアルステータスの方は、日本と居住国の税務が複雑に絡むため注意が必要です。

特に、

  • 海外赴任が近い方
  • 帰国予定が未定のまま日本で長期間働いている外国籍の方
  • 株式・投資信託・デリバティブ取引を多く保有する投資家
    にとっては非常に重要な税制です。

以下では「誰が対象なのか」「どの資産が対象なのか」「どのような手続きが必要なのか」を分かりやすく整理します。

国外転出時課税の対象となる人

国外転出時課税は、次の 2つの要件を満たした場合 に適用されます。

■ 対象者の判定要件

  1. 過去10年以内に日本に5年超住んでいたかどうか
  2. 保有する対象資産の評価額が合計1億円以上

なお、次の在留資格で日本に滞在した期間は「5年超の居住期間」に含まれません。

  • 外交、教授、芸術
  • 経営管理
  • 法律・会計業務
  • 医療・研究・教育
  • 企業内転勤、短期滞在、留学など

外国籍の専門職の方などには、この除外期間に該当する方が多く、単に日本に5年以上住んだ=対象者 ではない点に注意が必要です。

相続や贈与で非居住者へ資産を移す場合にも国外転出時課税がかかる

国外転出時課税は、「自分が海外に移住するとき」だけに適用される制度と思われがちですが、実は 相続や贈与で資産が“海外にいる人へ”移転する場合にも課税される 点が大きな特徴です。

具体的には、1億円以上の有価証券を保有している日本の居住者が、非居住者である子や親族へ相続や贈与により株式等を引き継がせる場合、資産移転の時点で未実現の含み益に対して所得税が課税されます。

これは、相続や贈与という形式であっても、「実質的には多額の含み益を海外へ持ち出すことと同じ」と考えられているため、課税逃れを防ぐ観点から規定されています。

かつては、株式に含み益がある場合でも、

  • 海外居住の子に贈与する
  • 日本居住者が死亡し、相続人が海外に住んでいる
    といったケースでは、譲渡ではないため所得税がかからず、含み益をそのまま海外へ移すことができてしまう 状況がありました。

これが課税の中立性を損なうことから、国外転出時課税と同様の考え方が適用され、贈与・相続の瞬間に「売却したものとみなす」制度 が整備されました。

以下のケースでは特に注意が必要です。

  • 日本在住の親が、海外居住の子へ株式を贈与する
  • 日本で投資していた外国籍の方が死亡し、相続人が本国に住んでいる
  • 親は日本在住だが、子が留学後そのまま海外就職して非居住者になっている
  • 親族の一人だけが海外移住している家族構成

このようなケースでは、本人は国外転出していなくても課税が発生する可能性があるため、計画的な対策が必要になります。

ここで誤解しやすいのは、国外転出時課税は「相続税・贈与税」とは別に発生する所得税であるという点です。

  • 有価証券の含み益 → 所得税(国外転出時課税)
  • 資産価額そのもの → 相続税・贈与税

という形で、二段階で税金がかかる可能性があります。

特に、株式の評価額が大きい方や、上場・未上場株式を多く保有するオーナー系のご家庭では、相続税の準備とあわせて国外転出時課税の検討も不可欠です。

国外転出時課税の対象となる資産

読者の方が最も混乱しやすい「対象資産」について、分かりやすく表に整理しました。

■ 国外転出時課税の対象資産

区分 内容 具体例
① 有価証券 株式や投資信託などの価格変動資産 上場株式・未上場株式・ETF・社債など
匿名組合契約の持分 投資スキームへの出資 不動産クラウドファンディング・事業投資型ファンドなど
③ 未決済の信用取引等 決済前のデリバティブ取引 信用取引・先物・オプション・FX・CFDなど

国外転出時課税のタイミングと評価方法

国外転出時課税では、実際に売却していなくても 「売却したものとみなして」含み益に課税 されます。

その際の「評価額の基準日」は以下のとおり異なります。

納税管理人を届出した場合→ 国外転出日の時価で評価

納税管理人を届出しない場合→ 国外転出予定日の3か月前時点の時価で評価

株価の変動が大きいと課税額も大きく変わるため、海外移住を検討する方は早めのシミュレーションが必須です。

 

国外転出時課税の申告期限と納税期限

「いつまでに申告が必要なのか」は非常に重要なポイントです。特に 納税管理人を届出しているかどうかで大きく変わります。実務上は、海外移住の準備と並行して申告書や資産の評価を行うことはほぼ不可能なため、納税管理人を事前に届出しておくことが現実的な対応といえます。

ケース 申告期限 納税期限 備考
納税管理人を届出した場合 翌年3月15日 翌年3月15日 通常の確定申告と同じ扱い
届出しないまま国外転出する場合 国外転出日まで 国外転出日まで 準備が非常にタイト
納税猶予を利用する場合(5〜10年) 翌年3月15日 猶予期間満了後の4か月後 担保提供・書類添付が必要

国外転出時課税の納税猶予制度や減免制度

納税猶予

国外転出時課税で課税される額は数百万円〜数千万円に及ぶこともあるため、納税猶予制度が設けられています。

  • 原則5年
  • 届出により最長10年
  • 担保の提供が必要

納税猶予を利用すると、資産売却のタイミングによって税額が減額されたり、帰国すれば課税自体を取り消せる場合もあります。

減免制度

国外転出後の状況によって、次のような減額や取消しが可能です。

  • 転出後の売却価額が下落 → 税額減額
  • 転出先の国で税金がかかった → 外国税額控除
  • 納税猶予期間中に帰国した → 税額取消
  • 納税猶予期間満了時点で下落 → 税額減額

いずれも期限が短いため、海外移住後も継続的な管理が必要となります。

●国外転出時課税の手続きフロー

ステップ 内容
① 転出計画の検討 資産状況と居住期間を確認
② 納税管理人を選任 税理士などに依頼するケースが多い
③ 必要書類の作成 対象資産の明細書や担保の準備
④ 確定申告書の提出 転出前または翌年3月15日
⑤ 納税猶予の申請 最長10年の猶予が可能
⑥ 移住後のフォロー 継続届・帰国時の手続きなど

国外転出時課税は、資産評価・居住判定・納税管理人の届出・申告・猶予・減免など、一般の方が単独で対応するのは非常に複雑です。
私は税理士・司法書士として、海外移住や国際税務のご相談を多く扱っておりますので、税務と法務の両面からサポートできます。

「自分のケースが国外転出時課税に該当するのか知りたい」という段階でも、お気軽にお問い合わせください。