Last Updated on 2025年12月5日 by 渋田貴正
日本在住の外国籍の方から、遺言についてご相談を受ける機会が増えています。その中に「子どもたちは日本在住だが、信頼できる親族は海外に住んでいる」というケースがあります。例えば、外国籍の母親と日本在住の未成年の子ども2名という家族構成で、母親の海外在住の親族を未成年後見人に指定したいという希望は決して珍しくありません。法律上可能なのか、実務として適切なのかについて解説します。
未成年後見人を指定できる制度とは
未成年後見人の指定は、民法に定められています。
| 民法 (未成年後見人の指定)
|
最後に親権を行う親が遺言によって後見人を指名できる制度です。未成年後見人は、子どもの生活面の監護や財産管理を担うため、親が信頼できる人物をあらかじめ選べることに大きな意義があります。遺言に基づく未成年後見人は、親が亡くなった瞬間に効力が生じるため、子どもの生活に空白期間を生じさせないというメリットもあります。
海外在住者を遺言で未成年後見人に指定できるか
結論からいえば、法律上は海外在住者であっても未成年後見人に指定することは可能です。民法では後見人になれない人として以下の5パターンが定められています。
| 欠格事由 | 理由 |
|---|---|
| 未成年者 | 自身が法律行為の制限を受ける立場であり、子どもの監護・財産管理を適切に行う能力が法律上認められていないため。 |
| 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人・保佐人・補助人 | 過去に後見等の職務を不適切に行ったと判断され、職務を外された経緯があるため、再度子どもの利益を守る立場を任せることが不適当とされるため。 |
| 破産者 | 財産管理能力に問題があると法律上推定され、子どもの財産管理を安全に行うことができないと考えられるため。 |
| 被後見人に対して訴訟をした者、その配偶者・直系血族 | 利害関係の対立があるため、子どもの利益を優先した公正な判断が期待できず、後見人としての中立性が確保できないため。 |
| 行方の知れない者 | 所在が不明で連絡や監督ができず、生活監護・財産管理を継続的に行うことが物理的に不可能なため。 |
「外国籍」「海外居住」は欠格事由に含まれていません。したがって、中国籍であれ、フィリピン、アメリカ、ヨーロッパなどどの国籍でも、またどこに居住していても、法律上は指定できます。
しかし、この「法律上の可能」と「実務上の適切性」は大きく異なることに注意が必要です。
海外在住者を遺言で未成年後見人に指定した場合の実務上の問題点
未成年後見人は子どもの生活と財産を守る役割を担うため、日本で生活する子どもに対して海外から監督・管理を行うのは極めて困難です。学校との連絡、医療機関とのやり取り、日常的な監護判断など、現実には国内で生活を支える必要があります。また、財産管理についても、金融機関の対応や家庭裁判所への報告義務など、国内で動く手続きが多数あります。海外からこれらをこなすのは実務上大きな負担となり、迅速な対応ができないリスクがあります。
さらに、家庭裁判所は「子どもの利益」を最優先に判断します。たとえ遺言で海外在住者が指定されていても、実際に日本での監護が不可能と判断されれば、裁判所は別の後見人を選任することがあります。特に実父が健在である場合、実父が監護に適すると判断される可能性は極めて高いといえます。
「遺言に書いておけば必ずその人が未成年後見人になる」と思われがちですが、実は遺言で指定された後見人であっても、家庭裁判所が状況に応じて変更することができます。これは、未成年後見制度において最優先される基準が「子どもの利益」であり、親の意思よりも子の安全・監護の実効性が重視されるためです。
| 民法 (未成年後見人の選任)
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上記の条文は、未成年後見人がすでに存在する場合であっても、必要があると認めるときは家庭裁判所が未成年後見人を追加で選任できると定めています。条文上は「追加」とされていますが、実務上は複数後見人の中で役割分担を調整することで、事実上、遺言で指定された後見人の影響力を減らしたり、主担当を別の後見人に切り替えたりする運用が行われています。
また、家庭裁判所による未成年後見人の解任も民法に規定されています。後見人が「その任務に適しない事由」があると判断されれば、利害関係人(典型例は未成年者の実父)からの請求に基づき、または裁判所の職権で解任される可能性があります。この「適しない事由」はかなり幅広く判断され、必ずしも後見人に重い非がある場合に限られません。海外在住で子の日常的な監護ができない、国内の行政・教育機関との調整が困難であるといった物理的な事情も、解任の理由として認められることがあります。
| 項目 | 海外在住者を指定 | 日本在住者を指定 |
|---|---|---|
| 法律上の可否 | 可能(外国籍も問題なし) | もちろん可能 |
| 生活監護の実行性 | ほぼ不可能、実務上困難 | 容易に実行可能 |
| 財産管理の適切性 | 海外からの対応に限界あり | 国内手続にスムーズに対応 |
| 家庭裁判所の判断 | 別の後見人に変更される可能性高い | 指定どおり後見人となりやすい |
| 手続きの継続性 | 郵送・認証など負担大 | 迅速かつ安定 |
このように、法律上は指定可能であるにもかかわらず、海外在住の人を未成年後見人に遺言で指定することは実務的には機能しない可能性が高いことが分かります。
日本に居住する外国籍の母親が海外在住の兄を後見人に指定するケースを考えてみましょう。母親が亡くなると遺言により兄が後見人に指定されますが、その後、実父が家庭裁判所に申し立てをすれば、裁判所は「実父こそ監護に適任」と判断し後見人を差し替える可能性が非常に高いと考えられます。これは国籍や兄の能力に問題があるわけではなく、日本での生活監護ができないという「物理的な理由」が主要な判断要素になるためです。
では、海外在住の親族を関与させたい場合は、どうするべきでしょうか。ひとつの方法として、複数の後見人を指定することが挙げられます。未成年後見人は2名以上指定できますので、生活面は日本在住の親族、財産管理は海外在住の親族または専門家という形で役割を分けることもできます。また、財産管理のみ法人後見を検討することも現実的です。
未成年後見人の指定は、法律の理解と実務判断の両方が必要な分野です。海外在住者を後見人に指定することは形式的には可能ですが、多くのケースで家庭裁判所の判断により変更される可能性があり、慎重な設計が欠かせません。当事務所では、国籍・居住地・家族関係を踏まえた最適な遺言内容をご提案し、公正証書遺言の作成支援から相続後の登記・税務手続きまで一貫して対応しています。安心してご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。
