「みなす」と「推定する」の違い

法律の条文を読んでいると、「みなす」や「推定する」といった言葉がたびたび出現します。日常ではあまり使い分けしない言葉かもしれません。(というよりこんな言葉はあまり日常会話では使わないかもしれませんが。)

しかし、法律の条文では、これらの言葉は明らかに使い分けがされています。

「みなす」というのは、本来は「違うんじゃない?」と思われることを法律上はその通りだととして扱うことです。法律上みなされていれば、特に何も考えずに条文に書いてある通りとして考えてよいということになります。裏を返せば、有無を言わさずに正しいとして扱われるので非常に強い規定であるといえます。

一方で、「推定する」というのは、特に当事者間で契約や取り決めがなければ、とりあえずそうだろうと扱うことです。「みなす」と違って、覆す事情があれば推定されることはなくなります。

「みなす」とは、議論しても答えが出にくいことについて法律で判断を与えることで、公平性を確保したり、解決しない議論に時間を割いたりしなくて済むようにすることが趣旨です。

「推定する」は、ひとまず「推定する」ことで、それに反することがない限りそれが正しいとして扱うことで、契約の当事者間などの負担を軽減することが趣旨です。

「みなす」と「推定する」の法的な違いとしては上記の通りですが、そもそも日常にない概念ですし、これだけでは何を言っているのかなかなか分かりづらいです。そこで条文で例を見てみます。

相続における「みなす」や「推定する」の登場場面

法律家でもない限りはあまり条文を気にすることはありませんが、民法だけでも「みなす」規定はざっと70項目ほど、「推定する」規定は25項目ほど存在します。

その中でも、相続に関係するところでいえば、主に以下のような条文があります。

第886条 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
第939条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
第1023条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。

例えば、胎児が相続人になれるということは、普通に議論していても答えは出せません。そこで、胎児は相続人になると「みなす」と定めることで、当事者がどのように考えていようと胎児は有無を言わさず相続人になります。

また、相続放棄の条文として有名なもので、相続放棄をした者は初めから相続人でなかったものとみなす規定があります。相続放棄をしたからといって血のつながりがなくなるわけではありませんが、初めから相続人でなかったものと「みなす」ことで、どのようなケースでも画一的に扱うことができます。これも個別の事情はさておき、全相続放棄に有無を言わさず適用されることになります。

「推定する」は、みなすほどの件数はありませんが、相続に関係しそうな条文としては、以下のものがあります。

第32条の2 数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。

第999条 遺言者が、遺贈の目的物の滅失若しくは変造又はその占有の喪失によって第三者に対して償金を請求する権利を有するときは、その権利を遺贈の目的としたものと推定する。

いずれのケースでも、推定されたことと異なる事実が判明すれば、推定の効力はなくなります。

「みなす」や「推定する」といった法律的な言葉にも注意して条文を読むと、立法趣旨などの背景も見えてきて面白いかもしれません。