Last Updated on 2026年2月20日 by 渋田貴正

遺言書を作成したから安心、と思っていても、その遺言が想定どおりに効力を発揮するとは限りません。特に見落とされがちなのが、「相続人が遺言者より先に亡くなった場合」です。このケースでは、遺言の一部または全部が効力を失うことがあります。だからこそ「予備的遺言」が重要になります。

例えば、夫が「全財産を妻に相続させる」と遺言したとします。しかし、その妻が夫より先に亡くなった場合、この遺言はその部分について効力を失います。すると、遺言がなかったのと同じ状態になり、法定相続によって相続人全員で遺産分割を行う必要が生じます。これは、遺言者の意思とは大きく異なる結果になる可能性があります。

民法
(受遺者の死亡による遺贈の失効)

第994条
  1. 遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない。
  2. 停止条件付きの遺贈については、受遺者がその条件の成就前に死亡したときも、前項と同様とする。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

この問題を解決するのが「予備的遺言」です。

予備的遺言とは何か

予備的遺言とは、最初に指定した相続人が遺言者より先に亡くなった場合に備えて、次に相続させる人をあらかじめ指定しておく遺言のことです。例えば、次のような形式です。

「全財産を妻Aに相続させる。ただし、妻Aが遺言者より先に死亡した場合は、長男Bに相続させる。」

このように記載しておくことで、妻が先に亡くなっても、遺産は確実に長男に引き継がれます。もしもの時のバックアップとして予備的遺言は機能します。

予備的遺言がない場合の税務・登記リスク

予備的遺言がない場合、税務や登記の手続きは大幅に複雑になります。主な違いを以下の表にまとめます。

項目 予備的遺言あり 予備的遺言なし
相続人の確定 遺言で確定する 法定相続人全員で確定
遺産分割協議 原則不要 必要
不動産の相続登記 単独申請可能 全員の協力が必要
相続税申告 比較的容易 協議未了で特例制限あり

例えば、不動産の相続登記では、遺言で取得者が明確であれば、その相続人単独で登記申請が可能です。しかし、予備的遺言がなく遺言の効力が失われた場合は、法定相続人全員の署名押印が必要になります。相続人が海外にいる場合や関係が疎遠な場合、登記は事実上ストップします。不動産は動かない資産ですが、登記は「人間関係」で止まる資産です。

予備的遺言が特に必要なケース

予備的遺言は、すべての遺言で必須というわけではありません。しかし、相続人が遺言者より先に死亡する可能性が現実的に存在するケースでは、必ず検討すべき重要な対策です。遺言は「書いた時点」ではなく「使われる時点」で効力を発揮します。そのときに指定した相続人が既に死亡していれば、その部分の遺言は効力を失い、結果として遺産分割協議が必要になります。以下のようなケースでは、予備的遺言を入れておかないと、遺言を作成した意味が大きく損なわれる可能性があります。

夫婦間の年齢が近いケース

夫婦間で「全財産を配偶者に相続させる」という遺言は最も一般的ですが、夫婦の年齢が近い場合は、どちらが先に死亡するかを予測することはできません。例えば、夫80歳、妻78歳という場合、病気や事故などにより妻が先に死亡することは十分にあり得ます。この場合、妻に相続させるという遺言は効力を失い、その財産については法定相続となります。子が複数いる場合は遺産分割協議が必要になり、不動産の登記や売却がスムーズに進まなくなることがあります。予備的遺言で「妻が先に死亡した場合は長男に相続させる」と定めておけば、このような事態でも遺言の効果を維持できます。

子が病気療養中など健康不安があるケース

子に相続させる遺言をしている場合でも、その子が遺言者より先に死亡する可能性があります。例えば、遺言者である父が80歳、長男が50歳であっても、長男が病気療養中であれば、長男が先に死亡するリスクは現実的に存在します。この場合、「長男に相続させる」という遺言は効力を失い、その子(孫)が自動的に相続するわけではありません。遺言による相続は代襲されないためです。その結果、他の相続人を含めた遺産分割協議が必要になります。予備的遺言で「長男が先に死亡した場合は孫に相続させる」と定めておけば、遺言者の意思を確実に実現できます。

相続人が単独であるケース

相続人が配偶者のみ、または子が一人のみの場合は、予備的遺言の重要性がさらに高まります。例えば、「全財産を妻に相続させる」という遺言しかない場合に、その妻が先に死亡すると、その遺言は完全に機能しなくなります。その結果、兄弟姉妹などが相続人となり、遺言者が全く想定していなかった相続が発生する可能性があります。これは遺言者の意思と大きく異なる結果となります。

不動産の割合が高いケース

財産の大部分が不動産である場合は、予備的遺言が特に重要です。不動産は預貯金と異なり、相続人全員の同意がなければ分割や売却ができません。予備的遺言がない場合、相続登記のために相続人全員の署名押印が必要になります。相続人の中に海外在住者がいる場合や連絡が取れない場合は、登記が長期間できないこともあります。予備的遺言を入れておけば、指定された相続人が単独で相続登記を行うことができ、不動産の管理や処分が円滑に進みます。

予備的遺言は公正証書遺言がおすすめ

予備的遺言は、公正証書遺言で作成することを強くおすすめします。公正証書遺言とは、公証人が作成する遺言です。法的に最も確実な形式です。自筆証書遺言でも可能ですが、文言のわずかな違いで解釈が変わることがあります。予備的遺言は特に文言の正確性が重要です。専門家の関与が不可欠です。

また、公正証書遺言であれば、相続開始後の登記や銀行手続きがスムーズになります。金融機関や法務局も公正証書遺言を最も信頼性の高い証明として扱います。

当事務所では、税理士・司法書士の両方の視点から、税務と登記を見据えた実務的な遺言作成をサポートしています。単に形式を整えるだけでなく、「確実に実現される遺言」を設計いたします。予備的遺言を含めた遺言書の作成をご検討の方は、ぜひお気軽にご相談ください。将来のトラブルを未然に防ぐことが、最も確実な相続対策です。