Last Updated on 2026年2月9日 by 渋田貴正

国外転出(贈与)時課税とは、一定額以上の有価証券等を保有する日本の居住者が、海外に住む親族などの非居住者に対して贈与を行った場合に、その贈与した資産について「譲渡があったもの」とみなして、贈与者に所得税が課される制度です。贈与と聞くと、多くの方は贈与税を思い浮かべますが、この制度で問題となるのは贈与税ではありません。あくまで所得税です。一言でいえば、「含み益を抱えたまま国外に資産を贈与で移すこと」を防ぐための制度といえます。

なお、国外転出(贈与)時課税における「転出」とは、贈与財産そのものが国外に移動することを意味するものではありません。贈与時点で非居住者である者に対して贈与が行われることにより、日本が将来その資産の含み益に課税できなくなる状態を指しており、いわば「課税権の転出」を制度的に捉えたものです。

日本にいる間に値上がりした株式や投資信託を、海外在住の子や親族贈与すれば、日本の課税を受けずに資産を移転できてしまいます。これをそのまま認めてしまうと、売却していないにもかかわらず、日本で蓄積された含み益が無税で国外に流出することになります。国外転出(贈与)時課税は、こうした事態を防ぐために導入された制度で、平成27年7月1日以後に行われる贈与から適用されています。

国外転出(贈与)時課税の最大の特徴は、「実際には売っていないのに、売ったものとして課税される」という点です。法律上は、贈与の時点で贈与対象資産を時価で譲渡したものとみなします。その結果、含み益に対して譲渡所得などが計算され、贈与者の所得税として課税されます。

この構造を理解していないと、「贈与税の申告だけで終わりだと思っていた」「そもそも所得税が出てくる発想がなかった」という状態に陥りやすくなります。国外転出(贈与)時課税は、善意の生前贈与をきっかけに、想定外の所得税が発生する制度であり、ここに大きな落とし穴があります。

国外転出(贈与)時課税の対象となる贈与者の要件

この制度が適用されるためには、贈与者側に要件があります。まず、贈与の時点で保有している対象資産の時価合計額が1億円以上であることが必要です。すべての贈与が対象になるわけではありませんが、株式や投資信託を長年保有してきた方の場合、本人の認識以上に評価額が膨らんでいるケースは珍しくありません。

さらに、贈与の日前10年以内に、日本国内に住所または居所を有していた期間が5年を超えることも要件となります。つまり、日本との居住関係が薄い一時滞在者ではなく、日本に一定期間以上生活の拠点があった贈与者を想定した制度です。

区分 要件内容
資産要件 贈与の時点で保有している贈与対象資産の時価合計額が1億円以上
居住要件 贈与の日前10年以内に、日本国内に住所または居所を有していた期間が5年超

国外転出(贈与)時課税の対象となる資産

対象となる資産は、いわゆる金融商品が中心です。具体的には、上場株式や未上場株式、投資信託、匿名組合契約の出資持分、未決済の信用取引、先物取引やオプション取引などのデリバティブ取引が該当します。不動産は対象外です。不動産は物理的に国外へ持ち出すことができないため、この制度の射程には入っていませんし、また、現金を贈与しても含み益は発生しませんので、現金の贈与も基本的に対象外です。

国外転出(贈与)時課税に関する贈与のタイミングと評価方法

国外転出(贈与)時課税では、贈与をした日が課税の基準となります。贈与日における時価で評価し、その取得価額との差額が含み益として課税対象になります。株価の変動が大きい資産を保有している場合、贈与のタイミング次第で課税額が大きく変わるため、事前のシミュレーションが極めて重要です。

国外転出(贈与)時課税が適用される場合、贈与者は贈与をした日の属する年分の確定申告において、国外転出(贈与)時課税による所得を含めて申告・納税を行います。相続版のように「4か月以内」という短期決戦ではありませんが、通常の確定申告と同じ期限であるからこそ、見落とされやすい点には注意が必要です。

国外転出(贈与)時課税では、一定の要件を満たすことで、原則5年間、届出により最長10年間の納税猶予を受けることができます。ただし、猶予を受けるためには、申告書への記載に加え、対象資産に関する明細の提出や、猶予税額および利子税に相当する担保の提供が必要です。猶予と引き換えに実務負担が軽くなるわけではなく、「時間を買う制度」と考えるのが現実的です。

5年以内の帰国等による課税取消という救済措置もある

国外転出(贈与)時課税には救済規定も設けられています。贈与を受けた非居住者が、贈与の日から5年以内に日本へ帰国し、その時まで引き続き贈与対象資産を保有している場合には、国外転出(贈与)時課税はなかったものとして取り消すことができます。また、5年以内にその資産を居住者に再贈与した場合や、受贈者が亡くなり、その資産を取得した者全員が居住者となった場合にも、課税取消が認められます。

ただし、これらの取消しは自動ではありません。更正の請求を、所定の期限内に行う必要があります。更正の請求は「権利」であり、行使しなければ何も起こりません。期限を過ぎれば、どれほど実態が整っていても取り消しはできません。

国外転出(贈与)時課税は、贈与税、所得税、国際税務が交差する制度です。贈与した本人は日本に住み続けている一方で、受贈者は海外在住というケースも多く、情報の行き違いや手続の遅れが生じやすくなります。節税のつもりで行った生前贈与が、結果として大きな税負担を生むこともあります。

当事務所では、国外転出(贈与)時課税を含む国際税務について、制度の説明から申告、納税猶予や更正の請求まで一貫して対応しています。海外在住の親族への贈与を検討されている方は、実行前の段階で税理士業務としてご相談いただくことで、想定外の税負担を避けられる可能性があります。