Last Updated on 2025年12月6日 by 渋田貴正

生命保険金は受取人固有の財産であり、遺産分割の対象ではありません。そのため、受取人を誰にするかは、相続の納得感にも大きく影響します。生命保険金の受取人の変更は生命保険会社に連絡するのが一般的ですが、生命保険の受取人を遺言で変更することも可能です。相続の打ち合わせの中でも「えっ、遺言で保険の受取人って変えられるんですか?」と驚かれる方はとても多いです。
ここでは、遺言による変更と保険会社での変更の違い、メリット・デメリット、実務上の注意点まで、分かりやすく解説します。

生命保険金の受取人を遺言で変更できるのか

まず押さえておきたいのは、現在の保険法において「受取人の変更は遺言によっても行うことができる」と明文で規定されているという点です。これは実務上の解釈に委ねられた制度ではなく、立法によって明確に位置付けられたルールであり、法的根拠は極めてはっきりしています。

保険法
(遺言による保険金受取人の変更)
第44条 保険金受取人の変更は、遺言によっても、することができる。
2 遺言による保険金受取人の変更は、その遺言が効力を生じた後、保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ、これをもって保険者に対抗することができない。

ただし、遺言による変更には独特の構造があります。遺言で変更をしても、そのままでは保険会社に対して主張できません。保険会社は遺言の有無を知る由もないからです。
遺言が効力を生じた後、相続人が保険会社に通知することで初めて効力が完成します。

ちなみに、平成22年4月1日より前の保険法施行前の契約には法律が直接適用されませんが、実務上は旧契約でも遺言による変更が可能と扱われます。ただし、各保険会社の内部運用が異なるため、書類の受理までに一定の調整が必要なこともあります。

生命保険金の受取人を遺言で変更するメリット

遺言で変更する最大の魅力は、生命保険金を含めた相続全体を遺言の中で集約できるという点です。
保険会社で変更すると「受取人の変更」だけが単体で動きますが、遺言では
・不動産
・預貯金
・家族へのメッセージ
などとまとめて設計できるため、財産の流れが非常に整理しやすくなります。

また、予備的受取人を指定できるのも遺言の強みです。「第一受取人である配偶者が先に死亡していた場合、第二受取人は長女へ」など柔軟に書くことができ、相続の混乱を事前に防げます。

遺言執行者を指定しておけば、死亡後の実務は執行者が進めるため、家族の負担も大幅に軽減されます。保険金の受取を巡る面倒な手続きを家族がしなくて済むという点は、実務上かなり大きいメリットです。

遺言より保険会社での変更が適しているケース

一方で、遺言による受取人変更は便利な制度ではあるものの、いくつか注意しておきたいポイントがあります。とくに見落とされがちな点が、保険会社側が遺言での変更に慎重な態度をとる傾向が強いということです。なぜなら、遺言は財産をめぐる相続人同士の解釈の違いが最も表面化しやすい文書であり、内容に疑義が生じると「本当にこの遺言どおりに支払ってよいのか」という判断が難しくなるためです。相続人間で遺言の有効性や解釈が争われれば、その間は保険金の支払いを一時的に停止せざるを得ず、保険会社としてもトラブルに巻き込まれるリスクを避けたい事情があります。

こうした事情から、遺言を使った変更は柔軟だが繊細であり、状況によっては最適な方法とはいえません。たとえば、契約者本人がまだ元気で、保険会社の窓口や郵送で問題なく手続きできる場合には、保険会社での変更のほうが圧倒的にスムーズです。また、家族間の関係に少しでも不穏な気配があるときは、遺言の文言をめぐる不要な議論を避けるため、生前に明確に受取人を確定しておくほうが賢明です。さらに、死亡後の家族の事務負担をできるだけ軽くしたい場合や、保険金の支払いを確実かつ迅速に進めたい場合も、保険会社での事前変更が最も現実的で安全な手段といえるでしょう。

まとめると、次のような場合は、保険会社での変更が望ましいでしょう。

・契約者本人が元気で手続きできる
・家族間にやや不穏な空気がある
・保険金の支払を確実に早くしてほしい
・死亡後の家族の手間を最小限にしたい

保険会社での変更は生前に完全に確定するため、遺言のように死亡後の通知が必要ありません。「確実に変えたい」「手間を増やしたくない」という方には最適な方法です。

項目 遺言で変更 保険会社で変更
法律上の可否 保険法で認められている 当然可能でトラブルが少ない
効力発生のタイミング 死亡後に効力。相続人の通知で完成 生前に即時反映し完結
確実性 争われると支払いが遅れる可能性 確実・明確で最も安心
利便性 公正証書遺言なら自宅で完結可能 窓口や郵送で簡単に手続き可能
向いているケース 相続全体を遺言に集約したい場合 とにかく確実に早く受取人を変更したい場合
追加手続き 死亡後の通知が必須で少し手間 変更後の追加手続きは不要

遺言と保険会社での変更は、どちらが優れているというものではなく、目的に合わせて使い分けるのが正解です。生命保険金は相続税や遺産分割の心理的な納得感にも影響するため、慎重な設計が必要です。当事務所では、税務と相続実務の両面から最適な方法をご提案できます。生命保険金の受取人変更や遺言作成で迷われている方は、ぜひお気軽にご相談ください。