Last Updated on 2025年10月21日 by 渋田貴正

不動産M&A(エムアンドエー)とは、不動産を所有している会社の株式を取得し、その会社を通じて不動産の支配権を得る手法のことです。
通常の不動産取引では、売主から買主に不動産の所有権の名義を移すため、不動産登記手続きを行います。
一方で、不動産M&Aでは不動産そのものの登記名義を変えずに、会社の株式(合同会社であれば持分)を譲渡することで実質的な所有権を移す点が特徴です。登記簿上の所有者は変わらないため、外から見ると同じ会社が不動産を保有し続けているように見えます。

たとえば、A社が都内にオフィスビルを所有している場合、B社がA社の全株式を取得すれば、A社そのものの経営権がB社に移ります。
結果として、A社が所有しているオフィスビルも、B社が実質的に支配できるようになります。
このように、不動産M&Aは「不動産そのものを買う」のではなく、不動産を持つ会社という“箱ごと”を買う取引なのです。

不動産M&Aが活用される主な場面

不動産M&Aは、単なる登記や税金の節約策にとどまらず、事業承継・資産承継・投資戦略・組織再編など、幅広い目的で活用されています。
不動産を所有する会社の株式を譲渡・取得することで、経営権や資産を一体的に移転できるため、効率的かつ柔軟な取引が可能です。
代表的な活用シーンを挙げると、次のようなものがあります。

資産管理会社の承継・相続対策

高齢のオーナーが、自身の持つ不動産管理会社を後継者に引き継ぐ場合に、不動産M&Aがよく利用されます。
不動産を法人にまとめておくことで、後継者は株式を相続または譲り受けるだけで、複数の不動産をまとめて承継できるからです。
個別の不動産ごとに相続登記を行う必要がなく、手続きや税負担の面でも合理的です。
また、法人化によって収益管理や経費処理を明確にでき、家族間での資産分配や節税対策としても有効です。

相続対策とも言えますが、これも広義では不動産M&Aと言えるでしょう。

不動産賃貸・開発会社の買収

賃貸マンションや商業施設などを所有・運営する会社を買収することで、既存の契約関係を維持したまま事業を引き継げるのも不動産M&Aの強みです。
テナントとの賃貸借契約や管理会社との業務委託契約をそのまま引き継げるため、運営の継続性を確保できます。
新規で物件を取得して一から管理体制を整えるよりも、既存の収益基盤をそのまま利用できる点で、投資効率の高い手法といえます。
特に不動産投資ファンドやデベロッパーなど、安定したキャッシュフローを重視する事業者にとって有利な選択肢です。

海外投資家による日本不動産の取得

外国人投資家が日本の不動産を取得する際、登記や税務の手続きが複雑で時間がかかるという課題があります。
この点、不動産M&Aでは日本法人を通じて不動産を保有させ、その法人の株式を取得することで、スムーズに間接所有を実現できます。
また、為替リスクや外国人名義での登記制限を回避できる場合もあり、海外投資家にとって実務的な投資スキームとなっています。
近年では、シンガポール・香港・米国などの投資家が、東京や大阪の不動産をこの形で取得するケースも増えています。

不動産を含む事業再編・M&A

企業グループ内での事業再編や分社化でも、不動産M&Aは有効です。
たとえば、親会社が保有する不動産を子会社に移し、その子会社の株式を譲渡することで、不動産を含めた事業単位での売却・分離が可能になります。
これは、不動産を個別に売却するよりも契約関係を維持しやすく、税務上の整理もしやすい手法です。
事業譲渡・会社分割・株式交換など、会社法上の再編スキームと組み合わせることで、より柔軟な経営戦略が立てられます。

不動産M&Aと不動産売買の違い

不動産売買 不動産M&A
取引対象 不動産そのもの 不動産を保有する会社の株式
所有権の移転方法 登記による移転 株式譲渡による経営権移転
登録免許税・不動産取得税 発生する 原則発生しない
契約関係(賃貸・管理等) 再契約が必要な場合あり 会社を通じてそのまま引き継ぐ
手続きのスピード 登記手続きに時間がかかる 契約締結のみで比較的早い
リスク範囲 不動産のみに限定 会社全体の債務・訴訟リスクを含む

この比較からわかるように、不動産M&Aはコスト面やスピード面で有利ですが、その分リスクの範囲が広くなる点に注意が必要です。

不動産M&Aのメリット

登記や税金のコストを大幅に削減できる

不動産M&Aの最大のメリットは、登記や税金の負担を抑えながら不動産を実質的に取得できる点です。
通常の不動産売買では、所有権移転登記に伴って登録免許税(固定資産税評価額の2%)や不動産取得税(同評価額の3〜4%)が課されます。
しかし、不動産M&Aでは不動産の登記名義を変えないため、これらの税金が原則不要となります。
数億円規模の物件であれば、数百万円単位のコスト削減につながることもあります。
また、登記申請や法務局での手続きを経る必要がないため、売買契約から実行までのスピードも格段に速く、資金計画の自由度が高まります。

賃貸契約や管理契約をそのまま引き継げる

不動産M&Aでは、会社自体を譲り受けるため、契約関係をすべて維持したまま経営を引き継げるのも大きな魅力です。
不動産賃貸業や管理事業を行っている会社であれば、テナントとの賃貸借契約、管理会社との委託契約、従業員の雇用契約などを再締結する必要がありません。
このため、取引後も家賃収入や管理業務を中断することなく継続でき、安定したキャッシュフローを維持できます。
特に複数の賃貸物件を保有している企業や、商業施設・ホテルなどの運営会社を買収する場合に効果的です。

節税・資産承継対策としても有効

不動産M&Aは、相続や事業承継の際の節税スキームとしても注目されています。
不動産を法人名義にしておき、その法人の株式を後継者へ譲渡することで、個別の不動産ごとに相続登記を行う手間を省けます。
また、株式は会社全体の評価で算定されるため、相続税評価額を抑えやすいというメリットもあります。
さらに、会社に繰越欠損金がある場合には、将来の利益と相殺することで法人税の負担を軽減できる可能性もあります。
このように、不動産M&Aは「登記コスト削減」「契約関係の維持」「節税・承継対策」の三拍子がそろった、実務的で柔軟性の高い不動産取得スキームといえます。

上記のようなメリットがある不動産M&Aは魅力的なスキームである一方、「会社ごと買う」ことによるリスクも伴います。
簿外債務や訴訟、未納税金など、目に見えない負担を引き継ぐおそれがあるため、デューデリジェンス(事前調査)が不可欠です。
税理士による財務・税務調査、司法書士による登記・権利関係の確認、弁護士による契約書レビューなどを行い、リスクを事前に洗い出しておくことが重要です。

不動産M&Aは、登記・税務・法務が一体となる非常に複合的な取引です。
株式譲渡契約の作成、役員変更登記、譲渡益やのれんの税務処理など、会社法・税法・登記実務のすべてが関わります。
そのため、法務だけ、税務だけの視点では十分にリスクを把握できません。

当事務所では、税理士と司法書士の両資格を有する専門家が一人で両面から対応いたします。
登記面では株式譲渡・役員変更・定款整備などの法務手続きを、税務面では譲渡所得・法人税・相続税への影響を同時に検証し、
一貫した視点でリスクのないスキーム設計を行います。

複数の専門家を個別に依頼する場合と異なり、情報のズレや手続きの抜け漏れが起こらず、スピーディかつ正確に対応できる点が大きな強みです。
不動産M&Aのように登記・税務が密接に関係する案件こそ、両資格者によるワンストップサポートが最も効果を発揮します。