Last Updated on 2025年8月13日 by 渋田貴正

海外の相続放棄で戸籍制度がない—まず知っておきたい基礎

相続放棄は、財産も負債も含めて相続を一切しない意思表示です。家庭裁判所に「相続放棄の申述」を行い、受理されると、はじめから相続人でなかったものとみなされます。申述の期限は、相続が開始した事実と自分が相続人であることを知った日から3か月です。この期間は、事情により家庭裁判所が伸長できます。

こうしたことは相続放棄の基本的な事項ですが、外国籍の被相続人や相続人がいる場合、日本の役所で取得する戸籍や除籍謄本だけで親子・婚姻関係が証明できないことがあります。そこで、手元の証拠とあわせて事情を丁寧に説明するために用いるのが家庭裁判所への「上申書(じょうしんしょ)」です。

「上申書」とは何か—使う場面と位置づけ

上申書の役割

上申書は、申立書や通常添付書類だけでは十分に説明できない事情を補う「説明書」です。海外書類の形式、氏名の表記ゆれ、出生国の登録制度の違いなどを整理し、誰が被相続人のどの続柄で、なぜその資料で身分関係が確認できるのかを、裁判所に分かりやすく示します。

・相続人の範囲:子→直系尊属→兄弟姉妹の順。配偶者は常に相続人。

上申書は、こうした民法上の「相続人の該当性」を疎明するための実務書類と捉えると分かりやすいです。

ケース1:被相続人が欧州籍、父母が東欧在住で日本戸籍に痕跡がない

事情:被相続人は幼少期に欧州へ渡航し、その後に現地で帰化。日本の戸籍は除籍済みで、親子関係の国内記録が追えません。
対応:欧州の出生証明書(Long Form)と死亡証明書にアポスティーユを付し、日本語訳を添付。母の出生国から出生登録抄本、父の婚姻記録を取り寄せ。上申書で「戸籍に代わる疎明資料の体系」を図示し、氏名のスペル差(例:Aleksander/Alexander)を説明します。
ポイント:相続人の範囲を条文(で明示し、「子がいないため直系尊属が相続人になる」論理を、資料に即して記述します。必要なら期間伸長も併記します。

ケース2:日本人被相続人、相続人が欧州の宗教婚のみで戸籍反映が遅延

事情:宗教婚のため公的婚姻登録が遅れており、日本の戸籍に配偶者の記載がありません。
対応:現地の婚姻登録証明書(事後登録)を取得し領事認証。教会発行の婚姻証明は補助資料として提出。上申書で「事後登録により婚姻が確認できる経緯」を説明します。
ポイント:公文書(登録記録)を主資料に、宗教証明は補強資料と位置付けます。配偶者は常に相続人であることを明記します。

上申書に必ず書くべきポイント

・被相続人の氏名(可能なら別名・ローマ字も)と死亡日。
・被相続人の国籍・出生地・本籍の有無(日本籍の有無)。
・申立人との続柄と、その根拠資料の具体名。
・相続人候補者の全員列挙(子→直系尊属→兄弟姉妹の順)。
・「他に相続人がいない」ことの根拠と探索状況(親族照会、現地記録の有無)。
・外国書類の認証方法(アポスティーユ/領事認証)と日本語訳の有無。
・氏名の綴り違い・旧姓・通称の同一性説明。
・3か月期間内の申述か、伸長申立ての有無と理由。

上申書の書き方のコツ——“読み手に迷いを残さない”構成

・相続関係図を添える(手書き可)。図の各人物に番号を振り、本文で「①の母、②の父…」と呼応させます。
・別名併記:例「カタジナ・ノヴァク(Katarzyna NOVAK)」。
・「存在しない/取得不能」の説明も記載:例「出生国に戸籍制度がなく、登録制度のみ」「記録消失」。
・連絡先とタイムライン:在外親族の照会状況や連絡不能の経緯を日付入りで簡潔に。

戸籍が足りない/身分関係が“切れている”ときに揃える資料

次のような「代替資料」を、可能な限りそろえます。外国公文書は、アポスティーユ(1961年「外国公文書の認証を不要とする条約」)か、在外公館の領事認証で真正性を補強します。日本語翻訳は翻訳者名を明記し、固有名詞は原語をカッコ書きで併記します。

目的 代替資料の例 発行機関・取得先 認証・翻訳のポイント
親子関係の疎明 出生証明書、出生登録抄本 現地の戸籍役所/州郡庁 アポスティーユ又は領事認証+日本語翻訳
婚姻関係の疎明 婚姻証明書、婚姻登録記録 同上 同上
氏名・表記ゆれ パスポート、ID、永住許可、別名記録 当該機関 同一性を上申書で説明
死亡の確認 死亡証明書、死亡登録 同上 同上
住所・最後の本拠 住居登録証、公共料金明細 市区役所等 期間の連続性を示す

アポスティーユの要否は国により異なります。未締約国は領事認証ルートを利用します。
・日本語訳は、読み手(裁判所)が理解しやすいよう、原語併記を徹底します。

海外の相続放棄は、戸籍が十分にそろわないときほど「上申書」での説明力が結果を左右します。当事務所では、条文に基づく相続人の特定から、外国書類の収集・認証・翻訳、そして裁判所向けの申立書や必要に応じた上申書などの文書の作成まで一括でサポートします。まずは状況をお聞かせください。最適な進め方をご提案いたします。