Last Updated on 2025年8月8日 by 渋田貴正
日本に居住する方が海外に不動産を所有するケースは増加傾向にあります。ハワイやロサンゼルス、東南アジア、ヨーロッパなど、海外の不動産投資は資産形成や相続対策の一環としても注目されています。
しかし、個人で海外不動産を所有する場合と、法人で所有する場合とでは、税務上の扱いに明確な違いがあります。特に「減価償却費」の扱いについては、節税効果に大きく影響します。
個人と法人で異なる減価償却の制限
個人が海外の中古不動産(特に木造など)を取得した場合、日本の「簡便法」による短期耐用年数(例:4年)を使うことで、購入してから短期間の間に多額の減価償却費を計上できることがあります。これにより不動産所得が赤字になり、例えば給与所得などの他の所得と損益通算することで節税が可能でした。
しかし、2018年度の税制改正により、個人の場合、海外に所有する不動産についての減価償却費について、簡便法によって計算された減価償却費相当額は「なかったもの」として扱われ、他の所得と損益通算できないことになりました。
一方、法人にはこの制限が適用されません。法人税法には個人の不動産オーナーに適用されるような簡便法の償却制限が存在せず、合理的に見積もった耐用年数(簡便法を含む)で償却した金額はすべて損金算入できます。
減価償却の簡便法とは?
簡便法とは、中古の減価償却資産について、法定耐用年数が明らかでない場合に使用できる耐用年数の簡易的な算定方法です。
法定耐用年数をすべて経過している場合 | 法定耐用年数×20%(切り上げ) |
法定耐用年数の一部を経過している場合 | (法定耐用年数-経過年数)+(経過年数×20%) |
例えば、法定耐用年数22年の木造住宅が22年以上経過している場合、22年×20%=4年という短期間で全額償却可能です。
この簡便法を用いた減価償却は、個人には制限がありますが、法人には適用されません。法人においては損益通算の概念がなく、すべての所得が法人所得として一括で課税される仕組みであるためです。つまり、個人のように赤字を給与所得などと通算することで不適切に課税所得を圧縮するリスクが小さいため、税務上の抑制策(簡便法による通算制限)が設けられていないのです。
海外不動産を法人で所有するメリット、デメリット
海外にある不動産を法人で所有するメリットやデメリットは以下の通りです。
項目 | 法人所有のメリット | 法人所有のデメリット |
減価償却 | 短期で全額償却可能。損金算入で節税効果大 | 将来の譲渡時に譲渡益が大きくなる可能性あり |
キャッシュフロー | 税負担軽減により運用資金を確保しやすい | 法人維持費用(顧問料・登記費用など)が発生 |
税率面 | 法人税の方が個人の所得税より低く抑えやすい | 利益が出た場合の法人税は確実に課税される |
承継対策 | 株式として相続・贈与できる | 株価評価の算定が複雑化することも |
個人と法人の海外不動産所有における違い
項目 | 個人オーナー | 法人所有 |
減価償却の制限 | 簡便法を使うと損益通算制限あり | 制限なし(全額損金) |
税法 | 所得税法 | 法人税法 |
税率 | 最大約55% | 約30~33% |
申告の難易度 | 確定申告で対応可能 | 決算・法人税申告が必要 |
管理コスト | 比較的低い | 顧問料、登記、会計処理が必要 |
譲渡時の処理 | 減価償却費に含められなかった金額は取得費に加算される | 減価償却費に含まなかった金額は取得費に加算される |
承継方法 | 不動産そのものを相続 | 株式として相続・贈与可能 |
利益移転 | 一括賃貸方式で法人に移すことが可能 | 自社で直接保有・運用 |
個人から法人への利益移転:「一括賃貸方式」
不動産の名義を個人にしたまま、法人に対してその物件を一括で賃貸し、法人が第三者に転貸するという方法です。これにより、家賃収入を個人ではなく法人に集中させることができます。
この方法は以下の条件を満たせば合法です:
- 個人と法人の間で賃貸借契約を結び、合理的な賃料設定を行う
- 契約書を整備し、税務署にも提出可能な体制を整える
- 名義変更せずに運用するため、不動産取得税や登録免許税がかからない
また、仮に個人名義で既に海外不動産を購入している場合であっても、この「一括賃貸方式」によって法人へ家賃収益を移転することが可能です。資産名義の変更を伴わないため、登記コストや税務リスクを抑えつつ、法人の減価償却や費用処理を活用することができます。
ただし、賃料が著しく低すぎたり、高すぎたりすると、税務上の問題(所得の移転、認定課税等)に発展する可能性があるため注意が必要です。
簡単にまとめると以下の通りです。
- 節税重視・資産承継を計画的にしたい → 法人所有が有利
- 複雑な管理を避けたい・物件数が少ない → 個人所有がシンプル
- 購入済の個人名義物件を活用したい → 一括賃貸方式で法人へ利益移転
当事務所では、海外不動産に関する税務・法務の両面において、法人設立、所有スキーム設計、減価償却のアドバイス、申告業務までワンストップで対応しています。
個人で購入された不動産の法人活用、節税スキーム構築など、具体的なご相談をご希望の方はぜひ一度ご連絡ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。