Last Updated on 2025年12月19日 by 渋田貴正

海外在住の人が亡くなった場合、日本で相続税はかかるのか

「海外に住んでいれば、日本の相続税はかからない」国際相続の相談では、今でもこのようなイメージを持たれている方が少なくありません。しかし実務の現場では、この考え方がそのまま当てはまるケースはむしろ少数派です。日本の相続税では、被相続人が亡くなった時点で海外に居住していたとしても、それだけで日本の相続税が完全に切れるわけではありません。特に重要なのが、「相続開始前10年以内に日本に住所があったかどうか」という点です。この10年ルールが、海外居住相続における最大の分かれ道になります。

以下では、まず用語を整理したうえで、最終的に15通りのケースに分けて、日本での相続税の扱いを明確にします。

被相続人の区分

本コラムでは、被相続人を次の3通りに区分します。

被相続人Ⅰ
相続開始時に日本に住所がなく、相続開始前10年以内に日本に住所があり、日本国籍を有する

被相続人Ⅱ
相続開始時に日本に住所がなく、相続開始前10年以内に日本に住所があり、日本国籍を有しない
(非居住被相続人)

被相続人Ⅲ
相続開始時に日本に住所がなく、相続開始前10年以内に日本に住所がない

相続人の区分

相続人については、次の5通りに区分します。

相続人A
相続開始時に日本に住所があり、一時居住者に該当しない

相続人B
相続開始時に日本に住所があり、一時居住者に該当する

相続人C
相続開始時に日本に住所がなく、日本国籍を有し、相続開始前10年以内に日本に住所がある

相続人D
相続開始時に日本に住所がなく、日本国籍を有するが、相続開始前10年以内に日本に住所がない

相続人E
相続開始時に日本に住所がなく、日本国籍を有しない

海外在住の被相続人について15通りの相続税パターン

ここから、被相続人Ⅰ〜Ⅲと相続人A〜Eを組み合わせ、日本での相続税について15通りを列挙します。

パターン1(被相続人Ⅰ × 相続人A)
日本での相続税 かかる
課税範囲 全世界

パターン2(被相続人Ⅰ × 相続人B)
日本での相続税 かかる
課税範囲 全世界

パターン3(被相続人Ⅰ × 相続人C)
日本での相続税 かかる
課税範囲 全世界

パターン4(被相続人Ⅰ × 相続人D)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン5(被相続人Ⅰ × 相続人E)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン6(被相続人Ⅱ × 相続人A)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン7(被相続人Ⅱ × 相続人B)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン8(被相続人Ⅱ × 相続人C)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン9(被相続人Ⅱ × 相続人D)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン10(被相続人Ⅱ × 相続人E)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン11(被相続人Ⅲ × 相続人A)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン12(被相続人Ⅲ × 相続人B)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン13(被相続人Ⅲ × 相続人C)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン14(被相続人Ⅲ × 相続人D)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

パターン15(被相続人Ⅲ × 相続人E)
日本での相続税 かかる
課税範囲 国内財産のみ

上記の非居住者の被相続人のパターンを表にまとめました。

被相続人\相続人 相続人A
日本居住
非一時
相続人B
日本居住
一時居住者
相続人C
非居住
日本国籍
10年内住所あり
相続人D
非居住
日本国籍
10年内住所なし
相続人E
非居住
外国籍
被相続人Ⅰ
非居住
10年内住所あり
日本国籍あり
相続税 かかる
全世界
相続税 かかる
全世界
相続税 かかる
全世界
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
被相続人Ⅱ
非居住
10年内住所あり
日本国籍なし
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
被相続人Ⅲ
非居住
10年内住所なし
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ
相続税 かかる
国内財産のみ

「税率の低い国へ移住すれば安心」とは限らない

海外居住を検討される方の中には、「相続税の税率が低い国に移住すれば、日本の相続税は回避できるのではないか」と考える方もいます。しかし、日本の相続税では、単に亡くなった時点の居住地だけを見ているわけではありません。相続開始前10年以内の居住歴や、日本国籍の有無といった要素が組み合わされて判断されるため、相続直前に海外へ移住したとしても、日本での相続税の課税関係がそのまま残るケースは少なくありません。いわば、「引っ越しの速さ」よりも「日本との縁の太さ」が問われる制度です。

この背景には、相続税が「どこで亡くなったか」ではなく、「どの社会の中で財産が形成されてきたか」を重視する税制であるという考え方があります。日本に長期間居住し、日本の社会・経済活動の中で形成された財産については、その人が亡くなった時点で海外に居住していたとしても、日本との結びつきを完全に断ち切ったとはいえない、という発想です。

そのため、日本の相続税では、相続直前の居住地だけで課税関係を判断するのではなく、一定期間さかのぼって居住歴や国籍を確認する仕組みが採られています。海外に移住した「時点」よりも、どの国で生活し、どの国の制度や市場の中で財産を築いてきたのかという実質を重視している点に、この制度の特徴があります。海外居住による相続対策を考える場合には、税率だけを見るのではなく、いつ日本を離れたのか、相続人はどこに住んでいるのかといった点まで含めて検討する必要があります。

海外居住が関係する相続税では、事実関係の整理を誤ると、「日本ではもう関係ないと思っていたのに、全世界課税だった」という事態にもなりかねません。当事務所では、海外居住者の相続について、日本での相続税がどこまで及ぶのかを整理したうえで、実務としての対応まで一貫してサポートしています。