Last Updated on 2026年1月20日 by 渋田貴正
親など被相続人が亡くなった直後、葬儀費用や当面の生活費のために「預金を引き出してもいいのだろうか」と悩む方は非常に多いです。実務でも、相続の相談の初期段階で必ずと言っていいほど出てくるテーマです。結論から言うと、状況によっては問題になりますし、何も考えずに引き出すと後から大きなトラブルになることもあります。
相続が発生すると預金はどうなるのか
人が亡くなると、その瞬間に相続が開始します。これを「相続開始」といいます。預金口座にあるお金も、亡くなった方だけのものではなく、相続人全員の共有財産になります。共有とは、まだ分け方が決まっていない状態で、全員が持分を持っているイメージです。この段階では、特定の相続人が自由に使えるお金ではありません。
金融機関は、死亡の事実を知ると原則として口座を凍結します。凍結とは、入出金ができなくなることです。これは相続人同士のトラブルや二重払いを防ぐための実務対応です。ただし、死亡の届出前にキャッシュカードで引き出せてしまうケースもあり、そこが問題の温床になります。
相続人が預金を引き出したからといって、直ちに刑事事件になるわけではありません。ただし、複数人の相続人がいる場合、他の相続人の同意なく多額の預金を引き出すと、民事上のトラブルに発展する可能性があります。具体的には、遺産分割の場面で「勝手に使った」「使途が不明だ」と問題になります。この場合、引き出した金額は「特別受益」や「使い込み」として扱われ、遺産分割で調整されることがあります。
続人が一人しかいない場合、「結局すべて自分のものなのだから問題ないのでは」と考えがちです。実務でもよく聞く発想です。しかし、法的には話はもう少し慎重になります。相続人が一人であっても、被相続人が亡くなった時点では、預金はまだ被相続人名義のままです。金融機関との関係では、名義人本人以外が暗証番号を使って引き出す行為は、原則として正規の手続ではありません。
確かに、相続人が一人であれば、遺産分割で揉めることはありませんし、最終的に取得する経済的利益も同じです。ただし、だからといって暗証番号を使った引き出しが「推奨される行為」になるわけではありません。金融機関の約款上、名義人本人以外の利用は認められておらず、実務では、相続人が一人の場合であっても、相続手続きを経て解約や払戻しを行う方が、後腐れがありません。
もし、「生前に『引き出していい』と言われて暗証番号を聞いていたとしても、その同意の過程に当事者である金融機関が出てこないですし、その言葉をもって相続人が他人名義の預金を引き出してよいわけではありません。相続が始まった後の預金は、あくまで相続財産として扱われます。同意があったことと、正規の手続を踏むことは、別の問題です。
ここで誤解されやすい点として、相続預金は「必ず解約しなければならないもの」と思われがちですが、実際にはそうではありません。相続によって預金を承継することは相続人の権利ではありますが、法律上、直ちに解約や払戻しをしなければならない義務が課されているわけではありません。
そのため、相続預金がごく少額である場合や、相続人が一人で相続関係が明確な場合には、あえて優先順位を下げ、一定期間そのままにしておくという選択が取られることもあります。この判断自体が、直ちに違法になったり、不適切と評価されたりするものではありません。
もっとも、「解約しなくてもよい」ということと、「何も考えずに放置してよい」ということは別です。相続税の申告が必要な場合には、金額の大小にかかわらず相続財産として把握しておく必要がありますし、相続人が複数いる場合には、後日の説明のためにも存在を共有しておくことが重要です。少額であっても、相続預金は相続財産である以上、整理の対象から完全に外してしまうことはできません。
葬儀費用や生活費はどうすればよいか
ここで押さえておきたい前提があります。金融機関が公式に用意しているのが「相続預金の仮払い制度」である以上、実務上はこの制度を使うことが想定されており、それ以外の方法での引き出しは、基本的に想定されていません。言い換えると、仮払い制度があるにもかかわらず、暗証番号を使って引き出す行為は、制度の趣旨から外れた行動になります。後から説明を求められたときに、正当性を説明しにくいという点は強く意識しておく必要があります。
現実問題として、葬儀費用や当面の支払いは待ってくれません。この点については、実務上の落としどころがあります。代表的なのが、金融機関の「相続預金の仮払い制度」です。一定額までであれば、遺産分割前でも引き出しが可能です。限度額や手続は金融機関ごとに異なりますが、制度として用意されています。
また、誰がいくら立て替えたのかを明確に記録しておくことも重要です。後で遺産分割をする際に、立替金として精算できます。感情ではなく、数字と証拠で整理する。これが相続実務を円滑に進めるコツです。
登記との関係で注意すべき点
預金そのものに登記はありませんが、不動産相続と同時に考える必要があります。なぜなら、預金の使い込みがあると、遺産分割協議がまとまらず、不動産の名義変更、つまり相続登記が進まないからです。相続登記は、遺産分割協議書が前提になるケースが大半です。
一人が預金を引き出してしまい、他の相続人が不信感を持つと、話し合いが止まります。結果として、不動産が何年も被相続人名義のまま放置されることになります。これは、将来の売却や担保設定の際に大きな足かせになります。預金の問題が、登記実務全体に波及する典型例です。
当事務所では、税理士と司法書士の両面から、預金の扱いを含めた相続全体の設計をサポートしています。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。
