Last Updated on 2025年12月8日 by 渋田貴正
合同会社を設立したり、社員構成を変更したりする際、「この人の印鑑証明書は必要ですか?」という質問を非常によく受けます。特に多いのが、業務執行社員や代表社員に新たに就任する人がいるケースです。また最近は、海外在住の方が日本で合同会社を設立するケースが増えています。日本に住んでいない場合でも、比較的柔軟に設立できる点は合同会社の大きな魅力です。一方で、実際に手続きを進めようとすると、「海外在住だと署名証明書は必須でしょうか」といった質問で手が止まる方が非常に多くいらっしゃいます。株式会社の役員変更登記では印鑑証明書が必要になる場面が多いため、合同会社でも同じ感覚で考えてしまう方が少なくありません。しかし、合同会社の登記実務では考え方が少し異なります。
合同会社における業務執行社員・代表社員とは
合同会社では、出資者である「社員」が会社の意思決定を行います。そのうち、日常の業務を実際に執行する権限を持つ人が業務執行社員です。さらに、その中から対外的に会社を代表する権限を与えられた人が代表社員になります。株式会社でいう代表取締役に近い立場と考えると分かりやすいでしょう。合同会社では、全社員が業務執行社員になることもできますし、一部の社員だけが業務執行権限を持つ設計も可能です。
業務執行社員や代表社員の登記で印鑑証明書/署名証明書は必要なのか
結論からお伝えすると、多くのケースで印鑑証明書は不要です。合同会社で業務執行社員や代表社員を登記する場合、原則として、就任する本人の印鑑証明書を添付する必要はありません。これは株式会社の役員変更登記とは大きく異なる点です。合同会社では、社員の地位や権限が「契約」、つまり定款や社員間の合意をベースに定まるため、その合意が書面で確認できれば足りるという考え方が採られています。もしここで一律に印鑑証明書を要求してしまうと、合同会社の持つ機動性や柔軟性が失われてしまいます。
株式会社の場合、取締役や代表取締役は、会社との関係が「委任」に基づく機関と位置付けられています。会社法では、株主総会や取締役会で選任される第三者的な立場の人が役員になることも想定されています。そのため商業登記法上、役員就任の真実性や本人性を担保する必要性が高く、就任承諾書に印鑑証明書を添付させる運用が確立しています。言い換えると、「会社と役員は別人格であり、外から来る人が就任する可能性が高い」ため、厳格な本人確認が求められているのです。
一方、合同会社は構造そのものが異なります。合同会社では、業務執行社員や代表社員は、原則として「社員」、つまり出資者本人です。会社法上も、合同会社は人的色彩の強い会社類型と位置付けられており、社員の地位は契約関係を基礎としています。社員の加入や権限の内容は、定款や社員間の合意によって定まり、その合意自体が会社の意思形成と密接に結びついています。
このため商業登記法の実務では、合同会社については「社員としての地位を有する者が、その地位に基づき業務執行や代表を行う」という前提が重視されます。すでに契約関係の中にいる当事者同士の合意である以上、株式会社のように第三者の就任を前提とした厳格な本人確認手続までは求めない、という整理がなされているのです。ここに、印鑑証明書が不要とされている最大の理由があります。
| 合同会社 | 株式会社 | |
|---|---|---|
| 会社の性格 | 出資者(社員)同士の契約を基礎とした、人的色彩の強い会社 | 株主と経営者を分離できる、制度色の強い会社 |
| 業務執行者・代表者の立場 | 原則として出資者本人(社員)が業務を行い、代表する | 株主とは別の第三者が役員・代表取締役になることも多い |
| 就任の法的性質 | 定款や社員間の合意という「契約関係」の結果 | 株主総会・取締役会による「機関としての選任」 |
| 登記で重視される点 | 社員としての地位があるか、合意が成立しているか | 就任の真実性・本人性の厳格な確認 |
| 印鑑証明書の位置づけ | 原則不要(契約関係の確認が中心のため) | 原則必要(本人確認を厳格に行う必要があるため) |
| 商業登記の考え方 | 内部の合意結果を公示する性質が強い | 外部に対する信用を前提とした資格の公示 |
印鑑証明書が不要だからといって、書類が一切いらないわけではありません。登記申請では、社員の加入を証する書面、業務執行社員を定めた書面、代表社員の就任承諾書などが必要になります。これらの書面には、原則として本人の署名または記名押印が必要です。つまり、「本人の意思によるものだと客観的に確認できる形」は求められます。
海外在住者が関与する場合の署名証明書の扱い
近年特に増えているのが、社員や代表社員が海外在住というケースです。この場合も、原則として署名証明書は不要です。署名証明書とは、「この署名が本人によるものである」ことを、公証人や在外公館が証明する書類です。日本で印鑑証明書などの公的書類が求められていないのに、海外在住の時だけ公的書類を求めるのは理屈が通っていません。
そのため、海外在住というだけで特別な書類が追加で必要になるわけではありませんし、社員として就任するだけであれば、国内の方と比べて登記が極端に遅くなることもありません。海外在住だからといって、法務局が特別な審査を行うわけではなく、あくまで合同会社の登記制度の枠組みに沿って淡々と処理されます。
つまり、海外在住の人が社員になる場合でも、日本在住の方と同じように、定款や同意書などの基本的な書類さえ整っていれば、スムーズに登記が進むのが通常です。住所が海外であるという事実それ自体は、登記の難易度やスピードには影響しません。必要以上に心配する必要はなく、実務上はむしろ国内のケースとほとんど変わらない感覚で手続きを進められます。
実際に当事務所でも海外在住者が関与する合同会社の設立や社員変更を多く取り扱っていますが、「海外在住だから時間がかかる」「手続きが複雑になる」といった場面はほとんどありません。ポイントさえ押さえていれば、日本国内と同じスピード感で完了します。
代表社員として法務局に印鑑登録をする場合の例外的な取扱い
ここまで見てきたとおり、合同会社で業務執行社員や代表社員を登記するだけであれば、原則として印鑑証明書や署名証明書は不要です。ただし、例外があります。それが、代表社員として法務局に印鑑登録をする場合です。
合同会社でも、代表社員は法務局に会社実印を届け出ることができます。この印鑑届出を行う場合には、「この印鑑を届け出ているのが確かに本人である」という点を明確にする必要があるため、ここでは本人確認書類として印鑑証明書または署名証明書が必要になります。
日本在住の代表社員が印鑑登録をする場合は、本人の印鑑証明書を添付して印鑑届書を提出します。一方、海外在住の代表社員の場合、日本の印鑑証明制度を利用できないため、実務上は署名証明書によって本人確認を行うことになります。
重要なのは、この印鑑証明書や署名証明書が求められるのは「代表社員として登記されるから」ではなく、「代表社員として法務局に印鑑を登録するから」だという点です。登記そのものと、印鑑届出は別の手続であり、ここを混同すると判断を誤りやすくなります。
つまり、代表社員に就任するだけであれば印鑑証明書は不要ですが、会社実印を作り、法務局に印鑑登録をする場合には、本人確認のために印鑑証明書または署名証明書が必要になる、ということになります。
合同会社の業務執行社員や代表社員の登記は、一見すると単純そうで、実は細かな判断が求められる場面が多くあります。「印鑑証明は必要なのか」と迷った時点で、すでに重要な分岐点に立っています。当事務所では、登記だけでなく税務まで含めて全体を整理し、今どこまで対応すべきかを分かりやすくご案内しています。合同会社の登記や体制変更で少しでも迷われたら、ぜひ一度ご相談ください。専門家に早めに相談した安心感を、きっと実感していただけるはずです。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。
