Last Updated on 2025年10月16日 by 渋田貴正
近年、米国企業に勤務していた方や米国株式・投資信託に投資している日本居住者が増えています。こうした方が亡くなった際には、日本の相続税だけでなく、米国の遺産税の申告・納付が必要になるケースがあります。特に米国の証券会社や銀行に金融口座を保有している場合、相続人は日米双方の税務申告に対応しなければなりません。
以下の事例をもとに、日米の課税関係をまとめました。
ケース概要
A氏(日本国籍・日本居住者)は米国上場会社の日本子会社に長年勤務し、米国株式報酬制度で株式を多数付与されていました。これらを米国の証券会社で保有し、同時に預金口座も開設していました。死亡時の残高は以下のとおりです(1USD=150円で換算)。
区分 | 所在地 | 残高(USD) | 円換算額 |
証券口座(株式・投資信託) | 米国NY州証券会社 | 300,000USD | 約4,500万円 |
預金口座 | 米国NY州銀行 | 20,000USD | 約300万円 |
日本国内資産 | 日本 | ― | 約5,200万円 |
合計 | ― | ― | 約1億円 |
相続人は配偶者と子2人(計3人)で、全員が日本居住者です。
日本の相続税の課税関係
日本の相続税法では、被相続人や相続人の住所・国籍により、課税対象となる財産が次のように区分されます。
区分 | 条件 | 課税対象財産 |
居住無制限納税義務者 | 相続時に住所が日本 | 全世界の財産 |
非居住無制限納税義務者 | 過去10年以内に住所あり、日本国籍 | 全世界の財産 |
制限納税義務者 | 上記以外 | 国内財産のみ |
A氏・相続人はいずれも日本居住者であるため「居住無制限納税義務者」に該当し、米国の証券口座・預金口座を含む全財産が日本の相続税の課税対象となります。
今回のケースでは、相続財産総額は約1億円です。日本の相続税の基礎控除は4,800万円(3,000万円+600万円×3人)ですので、課税対象額は5,200万円となり、相続税申告が必要です。
米国の相続税の課税関係
米国では、被相続人が死亡した際、その財産に「遺産税(Estate Tax)」が課されます。特徴は、相続人ではなく被相続人の遺産自体に課税される点です。
被相続人が米国非居住者である場合(本ケース)は、米国内に所在する財産のみが課税対象になります。米国所在財産は以下のように判定されます。
財産の種類 | 米国所在の判定基準 |
不動産 | 所在地 |
株式・投資信託 | 発行法人の本店所在地 |
預貯金 | 原則、米国事業に関連するものに限る |
貸付金債権 | 債務者の居住地 |
生命保険 | 保険会社の居住地 |
A氏の米国証券口座(300,000USD=約4,500万円)は米国所在財産に該当します。一方、預金口座(20,000USD)は米国国内法上、米国所在財産から除外されます。
米国非居住者の基礎控除は6万USDと低額なため、4,500万円(30万USD)を保有していたA氏には米国遺産税の申告・納付義務が生じます。
米国遺産税の申告書(Form 706-NA)は、相続発生日から9か月以内にIRS(米国歳入庁)へ提出します。延長申請(Form 4768)により最長12か月の延長が可能ですが、税金の納付は原則期限内に行う必要があります。
日米相続税制の調整 ― 外国税額控除と条約特例
日本と米国の間には日米相続税条約があり、二重課税を防ぐために外国税額控除制度が設けられています。米国に納付した遺産税のうち、米国資産の割合に応じて、日本の相続税から控除できます。
さらに、条約第4条に基づき、米国非居住者でも、米国市民・居住者と同様の「統一移転税額控除」(2022年課税遺産額1,206万USD)を、米国財産の占める割合に応じて按分して適用することが可能です。
本ケースでは、遺産総額1億円のうち米国資産は約4,500万円(45%)ですので、約1,206万USD×45%相当の税額控除を利用できます。この適用を受けるには全世界財産の明細を米国申告時に開示する必要があります。
申告・納付のスケジュール比較
区分 | 日本 | 米国(連邦) |
申告対象財産 | 全世界 | 米国所在財産 |
納税義務者 | 相続人 | 被相続人の遺言執行人等 |
基礎控除 | 4,800万円 | 6万USD(+条約特例あり) |
申告期限 | 相続開始から10か月以内 | 相続開始から9か月以内(延長可) |
控除制度 | 外国税額控除あり | 日本側課税に影響 |
実務上の注意点としては以下のポイントが挙げられます。
- 米国の申告期限は短い
9か月以内の申告が必要で、米国の会計士・弁護士と連携が求められます。 - 米国金融機関の手続きは独自ルール
日本の遺産分割協議書だけでは手続きが進まない場合もあります。 - 外国税額控除には証明資料が必須
米国税務当局の納税証明書などを日本側申告に添付する必要があります。
米国資産を含む相続では、日本と米国の両方で期限内申告・条約適用・控除計算を行う必要があり、相続人だけで対応するのは困難です。当事務所では、米国遺産税申告と日本の相続税申告を一体的にサポートし、二重課税を最小限に抑える実務対応を行っています。国際相続・海外資産を含む相続手続は、経験豊富な税理士・司法書士へお早めにご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。