Last Updated on 2025年9月23日 by 渋田貴正

合同会社では、社員が退社するときに「持分払戻し」という手続きが発生します。これは、退社する社員が出資していた持分に相当する金銭を会社から返還してもらう制度です。株式会社でいう株式買取請求に近い仕組みですが、合同会社では社員の地位と出資が強く結びついているため、合同会社の一部清算的な意味合いがより強いのが特徴です。

しかし「いくら払い戻すか」という算定は簡単ではありません。ここで問題になるのが「時価」の意味です。

合同会社の持分払戻し時の「時価」とは?

持分払戻し額は単純な帳簿価額や解散時の清算価値ではなく、会社の継続を前提にした「時価」により算定するとされています。

この「時価」には、以下の要素が含まれます。

  • 資産・負債を時価に置き換えた純資産額
  • 含み益や含み損の修正(例:土地の時価が帳簿より高い場合)
  • 会社の将来収益や事業価値を適切に考慮

したがって「解散したらいくら残るか」ではなく、「継続して経営する会社の一部として、その持分がどのくらいの価値を持つか」を反映するのが基本とされています。

分かりやすく整理すると次のようになります。

評価方法 内容 実務上の位置づけ
帳簿価額基準 出資額や純資産額を帳簿のまま評価 現実には不十分とされる
解散時基準 清算を前提に処分価額で評価 一部学説が支持するが限定的
継続企業基準(時価) 資産・負債を時価に直し、将来収益も考慮 実務・税務での標準

このように、持分払戻し額は「継続企業基準」で算定することが適切とされています。

実務上は継続企業基準の時価評価が基本とされる一方で、最近の裁判例では異なる評価方法を認める動きもあります。

東京地裁令和6年2月16日判決では、死亡により退社した社員の払戻請求権の評価を純資産価額方式で行うことが認められました。
この判決は、譲渡交渉が存在しない「死亡退社」の場合には、清算的要素を重視し、公平を保つ観点から帳簿純資産ベースの評価を採用したものです。

このように、評価方法は事案ごとに異なる可能性があるため、単に「時価」と一括りにせず、状況に応じた柔軟な対応が求められます。

勘定科目ごとの時価評価例

資産・負債を時価に直す際のイメージを、勘定科目ごとに整理すると以下のようになります。

勘定科目 評価方法の例
現預金 帳簿価額のまま 既に時価であるため修正不要
売掛金 回収可能性を考慮 貸倒見込があれば控除
有価証券 市場価格(時価) 上場株式は株価、非上場株式は評価手法に注意
土地・建物 時価評価(固定資産税評価額や不動産鑑定評価) 含み益が反映されるケースが多い
債務(借入金等) 帳簿価額のまま 返済額と一致するため原則修正なし
引当金 実態に応じ修正 実際の債務見込み額を反映させる

この表のように、科目ごとに「どこを修正すべきか」が分かれば、払戻し額の算定イメージがつかみやすくなります。

合同会社の持分払戻し時の税務上の注意点

退社社員が受け取る払戻金は、税務上「持分の譲渡」と同様に取り扱われます。単なる出資の返還ではなく、出資持分という「資産の譲渡」とみなされるためです。

個人が社員の場合

  • 払戻額が出資額を上回る場合
    超過部分は譲渡所得として課税されます。譲渡所得は「収入金額(払戻額)-取得費(出資額)-譲渡費用」で計算します。
    出資時に払い込んだ金額がそのまま取得費になります。
  • 払戻額が出資額を下回る場合
    差額は譲渡損失となります。ただし、不動産や株式と異なり、原則として給与所得や事業所得など他の所得と損益通算することはできません。そのため税務上は「損をしても控除できない」扱いとなる点に注意が必要です。

(例)出資額300万円 → 払戻額500万円の場合
課税対象 = 500万円-300万円 = 200万円(譲渡所得)

(例)出資額300万円 → 払戻額200万円の場合
譲渡損失 = ▲100万円(原則として他の所得と通算不可)

法人が社員の場合

法人が持分を保有していた場合、払戻しによって得た差額は法人税の課税対象になります。会計処理としては「投資有価証券の売却」と同様に扱い、帳簿価額との差額を損益として計上します。

  • 帳簿価額より払戻額が大きい場合 → 「有価証券売却益」等として益金算入
  • 帳簿価額より払戻額が小さい場合 → 「有価証券売却損」等として損金算入

法人の場合は損益通算の制限がないため、損失も損金算入でき、税務上は個人より柔軟な取扱いが可能です。

なお、持分払戻しは配当ではなく「譲渡」に分類されるため、原則として源泉徴収は不要です。

時価以外での払戻しがもたらす税務リスク

時価と異なる金額での持分の払戻しを行った場合には、以下のような税務上のリスクが考えられます。

  1. 退社する社員が時価より高い金額で払戻しを受けた場合
    差額は会社からの利益供与とみなされ、退社社員には「受贈益」が課税される可能性があります。
    会社側では、その差額は「寄付金」として取り扱われる場合があり、全額が損金算入できないリスクが生じます。
  2. 退社する社員が時価より低い金額で払戻しを受けた場合
    差額は会社に利益が残るため、退社社員から会社への「寄附」とみなされることがあります。
    この場合、退社社員には譲渡損が認められず、会社側には課税上の調整(寄附金の受入益)が生じる可能性があります。

合同会社の持分払戻し時の登記上の注意点

社員が退社すると、会社の登記内容にも変更が生じる場合があります。

必要となる登記手続き ポイント
業務執行社員が退社した場合 業務執行権限の変更登記 会社法上、誰が合同会社野業務を執行するのかは登記事項。退社により権限者が変われば必ず変更登記が必要
持分の払戻しによって資本金額が変動した場合 資本金の額の変更登記 払戻しによって資本金が減額される場合、登記事項である資本金額を変更する登記が必要
社員構成の変動により出資比率が変わった場合 定款の確認、必要に応じて登記事項の更新 出資比率の変化自体は登記事項ではないが、定款の規定により社員の権限や持分割合に関連する場合は登記の見直しが必要になる場合もある

実際の手続にあたっては、以下の点が重要です。

  1. 評価根拠を残す
    税務調査や社員間のトラブルに備えて、評価計算書や資料を保管しておくこと。
  2. 判例の考え方を理解する
    基本は時価評価だが、死亡退社のように純資産価額方式が採用されるケースもあることを把握しておく。
  3. 定款規定の確認
    払戻方法について定款に特別の定めがある場合には、それに従う必要がある。

合同会社の持分払戻しは「時価で算定」といっても、その中身は多面的であり、事案によって評価基準が変わることもあります。税務上の課税関係や登記上の手続きも絡むため、自己判断で進めるのはリスクが大きい分野です。当事務所では、税理士・司法書士の双方の立場から最適な手続きと評価のアドバイスをご提供していますので、安心してご相談ください。