Last Updated on 2025年8月7日 by 渋田貴正
日本に住んでいる個人の方が、海外に中古の賃貸不動産を所有するケースが増えています。ハワイやロサンゼルス、バンコク、ロンドンなど、魅力的な立地に投資を行う方も多いでしょう。
しかし、日本の居住者である限り、海外不動産による家賃収入も日本での所得税の対象になります。 特に重要なのが「減価償却費」の取り扱いです。減価償却の誤解や誤った申告は、税務リスクや将来の譲渡税に影響を与えますので注意が必要です。
個人オーナーの国外中古不動産の減価償却には制限がある
2018年度の税制改正により、個人が海外に保有する中古の賃貸用建物について、一定の条件下では減価償却費の損益通算が認められないという制度が導入されました。
2018年の税制改正前、個人が海外の中古不動産(特に木造建物など)を購入した場合、日本の簡便法によって非常に短い耐用年数(例:4年)が適用されることがありました。
この場合、建物価格を短期間で一気に償却できるため、一時的に多額の減価償却費を計上して国内の所得(例:給与所得)と損益通算し、課税所得を大幅に圧縮するという租税回避的スキームが横行していました。
この問題を受けて、国外中古建物の減価償却費については、簡便法で耐用年数を設定した場合に限って、赤字部分のうち償却費相当額を「なかったもの」とみなすという制限が導入されました。
項目 | 内容 |
対象 | 海外にある中古の賃貸不動産(個人所有) |
制限内容 | 赤字のうち簡便法による減価償却費は損益通算できない |
例外 | 現地法令の耐用年数を証明する書類がある場合は除外される |
つまり、日本の簡便法で計算した耐用年数を用いた場合、減価償却費による赤字は国内所得(給与所得など)と通算できないということになります。
中古固定資産の耐用年数算定における簡便法とは?
「簡便法」とは、中古の減価償却資産について、耐用年数を合理的に見積もることが困難な場合に用いる、税務上の簡略的な計算方法です。
簡便法の算定方法
中古資産の状態 | 計算方法 |
法定耐用年数をすでにすべて経過している | 法定耐用年数 × 20%(※小数点切上) |
法定耐用年数の一部を経過している | 法定耐用年数-経過年数+(経過年数 × 20%) =法定耐用年数-経過年数×0.8 |
■ 例:木造住宅(法定耐用年数22年)の場合
- すでに22年以上経過している建物 → 22年 × 20% = 4年
- 築15年の建物 → (22−15)+(15×20%)= 7年+3年 = 10年
この「簡便法」に基づく耐用年数を使って計算した減価償却のうち、海外の中古建物に関する額は、損益通算に制限がかかるという点に注意が必要です。
耐用年数の国別早見表
ただし、法定耐用年数の代わりに現地法令で定められた耐用年数を使用し、かつその年数が証明できる場合は、簡便法で計算した結果減価償却として計上できなかったという制限を受けません。 以下は代表的な国の早見表です。
国名 | 居住用建物の耐用年数 | 商業用建物の耐用年数 | 備考 |
アメリカ(米国) | 27.5年 | 39年 | IRS(米内国歳入庁)ルール |
カナダ | 約25年 | 約40年 | 建物の種別により異なる |
イギリス | 明確な年数規定なし | 減価償却でなく費用化処理あり | 書類添付必須 |
オーストラリア | 40年 | 40年 | 税務資料による証明が可能 |
日本 | (参考)木造22年、RC造47年 | 同上 | 簡便法による再計算可 |
現地の不動産税務申告書、固定資産台帳などがある場合、日本での申告時に添付することで簡便法の制限の適用を回避できる可能性があります。
-
現地法令において減価償却の耐用年数が明確に定められており、
-
かつその年数が合理的で、実際の使用実態に即しており、
-
税務署に提出する資料によってその適用が明らかである
という場合には、租税回避的ではなく、実態に基づいた会計処理と評価されるため、「簡便法の制限を適用する必要がない」とされているのです。
たとえばアメリカでは、居住用建物は27.5年、商業用は39年という耐用年数がIRS(米国歳入庁)で明示されており、これは日本の基準と比べても極端に短すぎるわけではありません。そのため、減価償却による赤字も適正なとみなされます。
減価償却と譲渡税の関係フローチャート
【Step 1】 減価償却を簡便法で計上(例:4年償却)
↓
【Step 2】 所得税上は、損益通算できない(節税効果なし)
↓
【Step 3】 「なかったもの」とされた償却費は記録しておく
↓
【Step 4】 将来売却時に、建物取得価額に加算できる
↓
【Step 5】 譲渡所得が減少 → 譲渡税を圧縮できる可能性あり
つまり、不動産所得では不利でも、減価償却に含められなかった金額は不動産売却の際に取得費に入れられるため、将来的な売却を考えていて、かつ有利に働く可能性があるため、単純に償却を避けるのは非効率なのです。
数値例:米国不動産を持つ個人のケース
- 日本居住のDさんが、アメリカに木造住宅(中古)を取得
- 総額2億円(建物1.5億円/土地0.5億円)
- 簡便法の耐用年数:4年(建物法定耐用年数22年 × 20%)
- 家賃収入:年間1,000万円
- 減価償却費:1.5億円 ÷ 4年 = 3,750万円/年
- その他経費:300万円
→ 不動産所得:1,000万 − 3,750万 − 300万 = ▲3,050万円
この3,050万円の赤字は損益通算できませんが、記録を残しておけば譲渡時に取得価額として調整可能です。
確定申告書作成時の実務ポイント
申告には、「収支内訳書(不動産所得用)」に加えて、付表《国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例》の提出が必要です。
この付表では以下を明確に記載します。
- 各物件ごとの収入・必要経費・減価償却費
- 損益通算が認められない金額の累積管理
- 売却時の調整対象額としての記録保持
個人で対応するには難易度が高いため、専門家に相談することを強くおすすめします。
海外に不動産を保有する日本の個人オーナーにとって、減価償却の計算とその記録管理は非常に重要な税務対応です。将来の売却や相続にまで影響を及ぼすため、税務・法務の両面からしっかりと備える必要があります。
当事務所では、海外不動産の取得・運用・売却・相続に関する税理士業務(申告・譲渡所得計算)および司法書士業務(相続・名義変更・公正証書など)を一括対応しています。
海外物件に関するお悩みは、ぜひ一度ご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。