Last Updated on 2025年12月8日 by 渋田貴正
取締役や監査役などの役員は、一定の事由が生じると退任します。代表的なものとして、任期満了、辞任、解任、死亡、破産手続開始の決定、成年後見開始の審判などが挙げられます。
この中でも、会社側が突然対応を迫られやすく、実務上の混乱が生じやすいのが「役員の死亡」です。
役員が任期の途中で死亡した場合、その死亡日に当然に役員を退任することになります。合同会社の社員の持分は定款の書き方次第で相続の対象になる可能性がありますが、株式会社の役員の地位は相続の対象ではありませんので、亡くなった役員の配偶者や子が自動的に役員や代表取締役の立場を引き継ぐことはありません。この点は、一般の方が誤解しやすいポイントです。
会社法では、「株式会社と役員との関係は、委任に関する規定に従う」と定められています。そして民法では、委任は次の事由によって終了すると規定されています。
| 会社法 (株式会社と役員等との関係) 第330条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
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一つ目が委任者または受任者の死亡です。役員は会社から経営を委任されている立場にあるため、役員本人が死亡した時点で、委任関係が終了し、当然に役員を退任することになります。
役員死亡による退任登記に必要な書類
役員の死亡による退任登記を申請する場合には、「死亡の事実を証する書面」を添付する必要があります。一般的には、死亡の記載がある戸籍謄本(除籍)、死亡診断書、住民票の除票などの公的書類が用いられます。ただし、必ずしもこれらに限定されるわけではありません。
実務上は、相続人などの遺族が作成した死亡届を添付することで、登記申請が認められるケースも多くあります。内容として、誰が、いつ死亡したのかが明確に記載されていれば足ります。
死亡届による登記が実務でよく使われる
公的書類を取得するためには、戸籍の請求手続や時間的な負担が生じます。一方、死亡届であれば、遺族が作成して会社に提出するだけで足りるため、会社側・遺族側の双方にとって手間が少なく、実務的なメリットがあります。このため、急ぎで退任登記を行いたい場合や、相続手続がまだ進んでいない段階では、死亡届による対応が選択されることも少なくありません。なお、会社が独自に作成した議事録や、新聞の死亡欄、インターネット記事などは、登記の添付書類としては使用できませんので注意が必要です。
1人役員の会社で唯一の役員が死亡した場合は遺族はどうする?
近年は、1人会社や家族経営の小規模法人も増えています。そのような会社で、唯一の役員が死亡した場合、会社はどうなるのでしょうか。結論から言えば、役員が一人もいなくなったとしても、会社が直ちに消滅するわけではありません。
しかし、代表取締役の相続人が自動的に代表取締役に就任することもありません。その結果、一時的に役員不在の状態が生じます。
株式を相続した人が行うべき対応
1人役員が死亡した場合、まず重要になるのが株式を誰が相続したのかという点です。株式を引き継いだ相続人は、株主総会の普通決議によって新たな役員を選任することができます。
相続人自身が役員に就任して事業を継続するケースもあれば、第三者を役員として選任するケース、あるいは会社を解散・清算するケースもあります。いずれの場合でも、株式や持分を取得した人が主体となって意思決定を行う必要があります。
後継者未定でも退任登記は先に行うべき
後継者が決まっていない場合でも、役員死亡による退任登記自体は先に申請することが可能です。結果として登記簿上の役員が0人になることもありますが、それ自体は違法ではありません。まずは事実関係を正しく登記に反映し、その後に会社をどう扱うかを検討していく流れが、実務上は現実的です。
この場合、事業を引き継いで会社を継続するという選択肢だけでなく、事業を行わず、遺族が会社を解散・清算させるという判断が取られることも少なくありません。特に、被相続人が一人で経営しており、事業の継続性が低い場合や、相続人が会社経営に関わる意思を持たない場合には、解散・清算が現実的な選択肢となります。
遺族が事業を継続しない場合の解散・清算の基本的な流れ
会社を解散させる場合、まず株式(合同会社であれば持分)を相続により取得した相続人が、株主として意思決定を行います。役員がいない状態であっても、株主総会の決議によって会社を解散することは可能です。具体的には、株主総会の特別決議により解散を決議し、同時に清算人を選任します。清算人には、相続人自身が就任するケースもあれば、専門家が就任するケースもあります。清算人が選任されると、会社は「清算会社」となり、事業活動を行わず、残った財産関係の整理を行う段階に入ります。清算人は、会社財産の現況を調査し、債権者に対する公告や個別の催告を行ったうえで、会社の債務を弁済し、残余財産があれば株主に分配します。これらの手続が完了した後、清算結了の登記を行うことで、会社は法人格を失い、完全に消滅することになります。
相続人が会社経営に関わるつもりがなく、最初から解散・清算を前提とする場合でも、一定の注意点があります。会社名義の預貯金、不動産、未回収の売掛金、借入金の有無などを確認せずに手続きを進めると、後になって思わぬ負担が発生することがあります。
また、解散・清算の過程では、登記だけでなく、税務上の申告や届出も必要になります。事業を行っていない場合であっても、解散時や清算結了時には法人税等の申告が必要になることがあり、税務と登記の両面での対応が求められます。
そのため、「会社はもう動いていないから簡単に終わるだろう」と考えるのではなく、まずは現状を整理した上で、解散・清算が本当に適切かを検討することが重要です。
唯一の役員が死亡した会社については、継続・承継・解散・休眠といった複数の選択肢があります。どれが正解というわけではなく、会社の財産状況、相続人の意向、債権者の有無などによって最適な対応は異なります。
いずれのケースにおいても、死亡による退任登記を行ったうえで、次のステップを検討することが、後のトラブルを防ぐうえで重要です。
休眠という選択と放置リスク
後継者も決まらず、解散や清算を行う資力もない場合、事実上「休眠」という状態になることがあります。休眠とは法律上の制度ではなく、単に事業活動を停止したまま会社を存続させている状態を指します。ただし、一定期間登記が放置されている会社については、法務局の手続により、みなし解散とされる可能性があります。また、役員変更登記を怠った場合には過料の対象となることもあります。
何もしないまま放置するのではなく、最低限必要な登記を行ったうえで、今後の方針を検討することが重要です。
役員の死亡は、登記手続だけでなく、相続や会社の存続判断とも深く関わる問題です。状況によって最適な対応は異なりますので、判断に迷った場合は、登記実務に精通した司法書士である当事務所までお気軽にご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。
