Last Updated on 2025年12月29日 by 渋田貴正

合同会社に関する相談で、複数人の社員がいる場合に揉めやすいのが業務執行社員とそうでない社員がいる場合の業務執行社員の権限です。こうした揉めごとが起こる原因の多くは、「業務」という言葉を感覚的に使ってしまっていることにあります。日常会話では、業務とは単に「普段やっている仕事」を意味しますが、会社法の世界ではそうではありません。

ここで重要になるのが、業務執行社員の「業務」の定義です。この定義を正確に整理しないままだと、「業務執行社員」「常務」「社員の権限」を明確にすることはできません。

合同会社における社員の行為の三分類

合同会社で行われる行為は、会社法の観点から見ると、次の三つに分けることができます。

・業務
・常務
・その他の仕事(実務・補助行為)

具体的な会社法の条文としては以下のようになっています。

会社法
(業務の執行)
第590条

    1. 社員は、定款に別段の定めがある場合を除き、持分会社の業務を執行する。
    2. 社員が二人以上ある場合には、持分会社の業務は、定款に別段の定めがある場合を除き、社員の過半数をもって決定する。
    3. 前項の規定にかかわらず、持分会社の常務は、各社員が単独で行うことができる。ただし、その完了前に他の社員が異議を述べた場合は、この限りでない。

(業務を執行する社員を定款で定めた場合)

第591条
  1. 業務を執行する社員を定款で定めた場合において、業務を執行する社員が二人以上あるときは、持分会社の業務は、定款に別段の定めがある場合を除き、業務を執行する社員の過半数をもって決定する。この場合における前条第3項の規定の適用については、同項中「社員」とあるのは、「業務を執行する社員」とする。

ここで最も重要なのは、「常務」と「実務」は別物だという点です。

区分 行為の性質 会社への影響 典型例
業務(会社法上の用語) 重要な対外的意思決定 会社の法的地位・リスクを左右する 重要契約、資産運用方針の決定
常務(会社法上の用語) 定型的・軽微な対外行為 会社を対外的に拘束するが影響は限定的 大きな支払い、定型的な契約
実務(その他の仕事) 内部的・補助的行為 会社の法的地位を実質的に左右しない 営業活動、事務処理、管理作業

常務は「日常的」という言葉が使われますが、単なる日常作業を意味するものではありません。一般に、常務とされる行為は、定型的・反復的ではあるものの、会社の判断として対外的に行われ、会社の法的地位やリスクに一定の影響を及ぼす行為を指します。一方で、実務と呼ばれる行為は、日常的に行われていたとしても、会社の対外的な法的地位を実質的に左右するものではなく、内部的・補助的な作業にとどまります。

会社法が明文でこの区別を定義しているわけではありませんが、このように整理すると、業務執行社員と社員の権限の違いを理解する助けになると思います。

注意すべき点は、業務執行社員を定めている合同会社では、常務を行えるのは業務執行社員のみとなります。業務執行権限を持たない社員が常務を行った場合、単なるルール違反では済まず、除名事由に該当する可能性がある点には注意が必要です。ただ、この「常務」という範囲も上記を一つの指標として考えてみれば分かりやすいかもしれません。

業務執行社員と社員の権限はそれぞれどの範囲か?

業務執行社員の権限

では、業務執行社員が定められている合同会社では、業務執行社員は何ができるのでしょうか。結論から言うと、業務執行社員は三つすべてを行うことができます。

業務執行社員は、業務執行権限を有しているため、重要な業務の決定はもちろん、常務を単独で行うこともできます。さらに、実務についても、自ら行うことに何の制限もありません。また、業務執行社員が「何も仕事をしていないように見える」場合でも、最終的な意思決定を担っている限り、その地位が否定されるわけではありません。

業務執行社員ではない社員の権限

一方で、業務執行社員でない社員ができることはどこまででしょうか。

社員は、
・会社を代表して契約を結ぶこと
・会社の名で支払いを行うこと
・対外的な意思決定をすること
はできません。これらは業務または常務に該当し、業務執行社員の権限だからです。

ただし、だからといって、社員が何もできないわけではありません。営業活動、現場作業、経理入力、資産管理の実務、資料作成、助言や提案など、実務に該当する行為はすべて可能です。これらは会社を法的に拘束しないため、業務執行権限を必要としません。

ここで、「常務=日常業務」と誤解してしまうと、「社員は日常業務すらできない」という極端な結論になってしまいます。しかし、会社法が制限しているのは、日常作業ではなく、日常的な対外的法律行為です。

また、業務執行社員ではない社員であっても、業務執行や財産の状況について調査する権利は会社法上明確に認められています。これは「業務を行う権限」とは別の話で自らの持分の価値を守るための権限です。業務執行に関与できないことと、会社の状況を知れないことは同義ではありません。

会社法
(社員の持分会社の業務及び財産状況に関する調査)

第592条
  1. 業務を執行する社員を定款で定めた場合には、各社員は、持分会社の業務を執行する権利を有しないときであっても、その業務及び財産の状況を調査することができる。
  2. 前項の規定は、定款で別段の定めをすることを妨げない。ただし、定款によっても、社員が事業年度の終了時又は重要な事由があるときに同項の規定による調査をすることを制限する旨を定めることができない。

合同会社の制度は、自由度が高い反面、「言葉の定義」を誤ると、権限関係が一気に歪みます。「業務」「常務」「実務」を正確に分けて理解しておくことは、家族経営や資産管理型の合同会社では特に重要です。

合同会社の権限設計や定款の書き方は、登記だけ、税務だけで完結する話ではありません。当事務所では、会社法の条文解釈、登記実務、税務上の扱いを踏まえたうえで、合同会社の業務執行体制を一体的に整理しています。業務の意味や社員の権限について少しでも違和感がある場合は、早めに専門家へご相談ください。