Last Updated on 2026年1月1日 by 渋田貴正

相続が近いと感じたとき、「税率の低い国にお金を送っておけば、日本の相続税は軽くなるのではないか」と考える方は少なくありません。海外口座への送金、タックスヘイブンと呼ばれる国への資金移動、暗号資産への切替えなど、相談の現場ではさまざまなアイデアが語られます。この発想は、日本国籍の方に限ったものではありません。外国籍であっても、日本に住んで生活している場合、日本の相続税がかかることがあるため、「海外に移せば大丈夫なのでは」と考える人は一定数いらっしゃいます。

海外口座への送金や、相続直前の国外送金は、一見すると合理的な対策に見えるかもしれません。しかし、日本の相続税では、「財産がどこにあるか」だけで課税関係が決まるわけではありません。国籍の有無を問わず、日本との関係がどの程度あったのかという点が、より重要な判断軸になります。

日本の相続税は「財産の場所」よりまず「国籍や居住歴」を見る

まず押さえておきたいのは、日本の相続税が何を基準に課税される税金なのか、という点です。多くの方は、「お金がどこにあるか」「日本国内にあるか海外にあるか」が重要だと考えがちです。しかし、日本の相続税では、これよりも先に重視される判断軸があります。

それが、「被相続人や相続人が、日本とどの程度結びついていたか」という点です。
亡くなった際に日本に住んでいたか、日本国籍を有しているか、海外居住であれば過去にどのくらいの期間日本に居住していたか。こうした人的要素をもとに、相続税の課税範囲が決まります。

このため、被相続人が日本に住所を有している場合には、たとえ財産が海外口座に移されていたとしても、日本の相続税は原則として全世界の財産を対象に課税されます。相続直前に国外送金をしても、課税の前提条件が変わらない以上、結果も変わらないというわけです。

相続直前の国外送金が効かないケース

相続直前の国外送金が効果を持ちにくい理由は、制度上も明確です。日本の相続税では、「相続が発生した時点で、その人がどのような立場にあったか」が重視されます。

たとえば、被相続人が日本国籍を有し、日本に住所を置いて生活していた場合、その人が築いてきた財産は、日本の社会や経済の中で形成されたものと評価されます。亡くなる直前に資金だけを海外へ移したとしても、その評価が覆ることはありません。言い換えれば、日本の相続税では、「お金をどこへ動かしたか」よりも、「その人がどこで生きてきたか」が問われます。相続直前の送金は、制度上、この問いに対する答えを変える力を持たないのです。

相続直前の国外送金が意味を持つかどうかは、まず被相続人の立場から判断する必要があります。大まかに整理すると、次のような区分になります。

被相続人が日本国籍を有し、日本に住所がある場合

この場合、日本の相続税は原則として全世界の財産に課税されます。国外送金をしても、課税範囲は変わりません。

被相続人が日本国籍を有し、海外に居住しているが、相続開始前10年以内に日本に住所があった場合

日本との結びつきが継続していると評価され、相続税の課税関係が残るケースです。相続直前の国外送金が有効に働くことはほとんどありません。

被相続人が日本国籍を有し、海外に居住しているが、相続開始前10年以内に日本に住所がなかった場合

このケースでは、日本との結びつきが一定程度薄れていると評価される可能性があります。ここで初めて、相続税の課税範囲が限定される余地が出てきます。

被相続人が日本国籍を有せず、日本に住所がある場合

国籍が外国であっても、日本に住所があれば、日本の相続税は原則として全世界課税となります。送金の有無は決定的ではありません。

被相続人が日本国籍を有せず、海外に居住している場合

この場合は、日本の相続税が及ばない、または国内財産のみに限定される可能性があります。ただし、過去の居住歴次第で結論が変わります。

亡くなった際の住所 国籍 過去10年の日本居住歴 日本の相続税の結論
日本に住所あり 日本国籍あり 関係なし 相続税 かかる
課税範囲:全世界
海外に住所あり 日本国籍あり 10年以内に日本住所あり 相続税 かかる
課税範囲:全世界
海外に住所あり 日本国籍あり 10年以内に日本住所なし 相続税 かかる可能性あり
課税範囲:国内財産のみとなる可能性
日本に住所あり 日本国籍なし 関係なし 相続税 かかる
課税範囲:全世界
海外に住所あり 日本国籍なし 10年以内に日本住所あり/なしで判断 相続税 かかる可能性あり
課税範囲:国内財産のみ、または非課税

さらに注意が必要なのは、相続人側の条件です。被相続人の属性によって課税範囲が確定したのち、実際に日本で相続税を納める必要があるかどうかについては相続人が日本国籍を有しているか、海外在住か、過去に日本に住所があったかといった点も影響します。

相続人が海外在住で日本国籍を有していない場合、一見すると日本の相続税とは無関係に見えます。しかし、被相続人が日本に住所を有していた場合などには、相続人が外国籍・海外在住であっても、日本で相続税の納税義務が生じることがあります。

つまり、国外送金の効果を判断する際には、「相続人だけを見る」「被相続人だけを見る」といった片側の視点では不十分です。両者の条件が組み合わさって、初めて結論が出ます。

相続直前の国外送金が有効なケース

では、相続直前の国外送金が「全く意味を持たない」のかというと、制度上はそう言い切ることもできません。理屈の上では、意味が出る可能性がある人は存在します。

それは、被相続人が日本を離れてから相当な期間が経過し、相続開始前10年以内に日本に住所がなく、かつ日本国籍も有していない場合です。このようなケースでは、日本との人的な結びつきがすでに大きく希薄化しており、日本の相続税の課税範囲自体が国内財産のみに限定される、あるいは日本の相続税が及ばない可能性があります。

もっとも、ここまで日本との関係が薄れている人について考えてみると、現実的には「そもそも日本に動かせる金融資産がほとんど残っていない」ケースが大半です。長年海外で生活し、収入や資産形成の中心も海外に移っている状況であれば、相続直前にわざわざ国外送金を検討する必要自体が生じにくいからです。

仮に日本に財産が残っているとしても、それが不動産である場合、そもそも物理的に移動させることはできません。結局のところ、「送金すれば逃げられる」と考えられがちな相続税対策が成立する余地は、実務上はかなり限定的だといえるでしょう。

重要なのは、送金そのものではなく、日本との関係が時間の経過によってどこまで薄れているかです。相続税対策として実際に効いてくるのは、「引っ越し」や「送金」といった単発の行動ではなく、長年にわたる生活の実態と、その積み重ねとしての年数です。

相続が近い状況では、判断を急ぎがちです。しかし、相続直前の対策ほど、後から修正が効かず、税務上のリスクが高くなります。国外送金も、安易に行うと、かえって税務署からの説明を求められる原因になりかねません。

相続税では、「やったこと」よりも「その人がどういう立場にあったか」が問われます。国外送金が意味を持つかどうかは、その人の国籍、居住地、過去の居住歴といった事実関係を丁寧に整理しなければ判断できません。

相続や相続税の検討は、思い立った順番ではなく、制度の順番で考える必要があります。当事務所では、相続直前の判断にこそ専門家の視点が必要だと考え、税務と法務の両面から、実務に即したアドバイスを行っています。