Last Updated on 2025年8月3日 by 渋田貴正

「友人や知人と共同で会社を立ち上げたけれど、経営方針や人間関係がうまくいかなくなってしまった…」
「一刻も早く代表から退きたいけど、他に誰も代表になりたがらない」

このようなご相談は、実際に会社設立されたばかりの方からよく寄せられます。とくにスタートアップや小規模法人では、少人数で代表を務める体制が一般的なため、「辞めたくても後任がいない」という状況が起こりがちです。

代表取締役の辞任は後任がいなくてもできるの?

結論から言えば、代表取締役は後任がいなくても辞任すること自体は可能です。

会社と代表取締役の関係は委任契約であり、代表取締役の辞任は「一方的な意思表示」で成立します。この点では、会社の承認や後任の決定を待つ必要はありません。

しかし、代表取締役については通常の取締役と異なる規定があります。それが、権利義務代表取締役という制度です。この制度のもとで、辞任後も会社代表としての地位が一定期間続くため、結局後任が見つかるまでは実質的には代表取締役を辞任できないという状況が続きます。

辞任しても代表の責任が残る?権利義務代表取締役とは

会社法では、以下のように定められています。

(代表取締役に欠員を生じた場合の措置)
会社法 第351条
代表取締役が欠けた場合又は定款で定めた代表取締役の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した代表取締役は、新たに選定された代表取締役(次項の一時代表取締役の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお代表取締役としての権利義務を有する。

つまり、辞任しても後任が決まるまでの間は、「代表取締役権利義務者」としての地位が残ることになります。この期間は法的にも実務的にも、代表取締役とほぼ同じ責任・権限を負うことになります。

会社法第351条に定められている「代表取締役権利義務者」という制度は、会社の意思決定が完全に停止してしまう事態を防ぐために設けられた制度です。

たとえば、代表取締役が急に辞任してしまい、すぐに後任を選任できなかった場合、誰も会社を代表できない状態になります。このような状況では、取引先との契約や銀行口座の管理、税務署とのやり取りなど、あらゆる会社活動がストップしてしまいます。

こうした「代表者不在による業務の空白」を回避するため、法律は以下のような仕組みを用意しています。つまり、権利義務代表取締役の制度は「会社の継続性を確保するための法的安全弁」とも言えます。

通常の代表と代表取締役権利義務者の違いを整理すると、以下のようになります。

項目 通常の代表取締役 権利義務代表取締役
選任根拠 株主総会や取締役会による選任(会社法第295条・第362条) 辞任後も会社法第351条により地位継続
任期 定款に基づき設定された期間 後任が就任するまで
権限 業務執行・代表行為全般 同等の権限(制限なし)
責任 善管注意義務などを負う 同等に負う(免責なし)
登記必要性 選任時に登記必要 辞任登記は不要(実質継続中のため)

このように、辞任したからといって責任から完全に解放されるわけではない点に注意が必要です。

一刻も早く代表取締役を辞めたいときの具体的な対処法

辞任後も代表としての義務が続くのなら、やはり「早く完全に辞めたい」と思う方も多いはずです。そんなときは、以下のような対策が考えられます。

方法 内容
新代表の選任 株主総会や取締役会を開き、後任を選任 定款に沿った選任手続きが必要
一時代表取締役の申立て 裁判所に申し立てて、一時的な代表を選任してもらう 会社の機能不全が前提
解散・清算 事業継続が難しい場合は会社を解散 登記・税務面の処理が必要

一時代表取締役制度とは?活用できるケース

後任を選べず、会社としての代表者が空席になってしまうような状況では、裁判所に「一時代表取締役」を申し立てて選任してもらう制度があります。

以下のような状況で認められやすいです。

  • 取締役全員が退任・死亡している
  • 社内で深刻な対立や内紛があり、代表選任が困難
  • 既存の代表が病気や音信不通で職務不能

ただし、裁判所は「必要がある」と認めた場合に限り選任します。単なる辞任希望だけでは選任されない可能性が高い点に注意が必要です。実務的には、新代表の選任が困難で、かつ内部分裂などで事業の継続も困難であれば解散・清算を検討することも一つの手段です。

特別代理人との違いと使い分け

会社が被告となる訴訟で代表者が不在の場合には、民事訴訟法第35条により「特別代理人」を裁判所に選任してもらうことができます。ただし、これはあくまで訴訟限りの代理人であり、日常的な業務は行えません。

比較項目 一時代表取締役 特別代理人
対象範囲 会社業務全般 訴訟に限る
任期 後任が就任するまで 訴訟終了まで
申立主体 株主・利害関係人など 訴訟当事者
裁判所の判断 会社法第351条に基づく 民訴法第35条に基づく

代表取締役は法的には自由に辞任できますが、後任がいない場合には「代表者不在による空白期間」のリスクや、「責任が継続する状態」に悩まされることもあります。とくに、会社設立初期の小規模体制や共同経営のトラブルでは、冷静な手続き対応が必要です。

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