Last Updated on 2025年5月1日 by 渋田貴正
遺産分割協議書に押印しない自由はある?
相続が発生すると、法定相続でなければ、相続人同士で遺産をどう分けるかを話し合う「遺産分割協議」が必要になります。この協議で全員が合意すれば「遺産分割協議書」を作成し、署名・押印するのが一般的です。
しかし、協議がまとまった後に、ある相続人が「他の相続人に対して債権(お金を貸している)があるから」といった理由で押印を拒否した場合、その行為は認められるのでしょうか?
遺産分割協議に様式の定めはないが、署名押印が実務上必須
遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要です。ただし、その形式については民法上特に定められておらず、必ずしも一堂に会して行う必要はありません。
たとえば、相続人の一人が協議書案を作成し、他の相続人に順に確認を取る「持ち回り方式」でも問題なく協議は成立します。遺産分割協議は「全員の合意」が本質であり、口頭や書面の方式は問いませんが、協議内容の明示と合意の意思確認が必須です。
ただし、実務上は、相続登記や相続税申告に必要な証拠として「遺産分割協議書」を作成し、全員の署名・実印での押印が求められますので、遺産分割協議書の作成はほぼ必須といってよいです。
項目 | 内容 |
協議の形式 | 民法上は形式自由(民法909条) |
書面化の必要性 | 民法上は求められていないが、登記や税務、口座解約を進めるために必要 |
一堂に会する必要 | 最終的に全員の合意が取れているなら必要ない。書面での持ち回りも可 |
協議書の署名押印 | 実印での署名押印が一般的 |
複数通での提出 | 内容が同一であれば2通以上でも問題ない |
押印拒否の理由に「債権がある」は通用するか?
では、遺産分割協議の内容に合意していたとしても、「他の相続人に対して債権があるから」という理由で押印を拒否できるのでしょうか。
結論はNOです。
債権があるという事実だけでは、遺産分割協議書への押印を拒否する正当な理由とはなりません。
なぜなら、債権関係は相続とは別個の民事上の問題であり、遺産の分割内容の効力とは切り離して処理すべきものだからです。
仮に、債権の存在を盾に押印を拒否すれば、登記や税務申告が滞り、最終的にその相続人自身にも不利益が生じます。
押印拒否が認められるケースとは?
遺産分割協議において、押印拒否が正当とされる主なケースは以下の通りです。
拒否の理由 | 判断 |
他の相続人に債権がある | ✕(原則認められない) |
協議の内容が提示されていない | 〇(合意の成立が認められない) |
詐欺や脅迫による同意だった | 〇(民法96条により取り消しまたは無効) |
一部の相続人が協議に参加していない | 〇(民法909条違反により協議自体が無効) |
勘違いや錯誤があった | 〇(民法95条により取り消しが可能) |
他の相続人への債権があることを理由に協議を妨げるのではなく、別途民事手続で対応するのが法的に正しい道筋です。
【債権回収の対応例】
- 内容証明郵便により貸金の返済を請求
- 応じない場合は簡易裁判所または地方裁判所に民事訴訟を提起
- 消滅時効(民法166条:原則5年)に注意
協議書への押印を拒否することで不動産登記や相続税申告が滞ると、自身にも法的・金銭的な不利益が及びます。
(1)不動産登記
相続登記をするには、遺産分割協議書が必要です。不動産登記法第63条・74条などにより、相続人全員の合意が明らかでなければ登記申請ができません。
押印拒否者がいると、不動産を売却することも、担保に入れることもできなくなります。
(2)相続税の申告
協議が未了のまま申告期限(相続開始から10ヶ月)を迎えた場合、「未分割財産」として申告せざるを得ず、小規模宅地の特例(租税特別措置法69条の4)や配偶者の税額軽減(相続税法19条の2)が適用できなくなる可能性があります。
【未分割のままのリスクまとめ】
項目 | リスク内容 |
不動産登記 | 名義変更ができず、売却や担保設定不可 |
相続税申告 | 特例が使えず、税負担が増える可能性あり |
紛争の長期化 | 争いがこじれると訴訟費用や時間がかかることもある |
「他の相続人に対する債権があるから」という理由で遺産分割協議書への押印を拒否することは、原則として認められません。協議が成立している限り、債権問題は別途対応すべきです。
また、実務上は登記や税務手続のために書面の作成と署名押印が不可欠です。形式が自由だからといって、書面を作らずに済ませてしまうと、後に大きなトラブルになることもあります。
まずは冷静に、そして法的に正しい手続をとることが大切です。
当事務所では、遺産分割協議書の作成や押印トラブルの対応はもちろん、不動産登記や相続税まで一括で対応しております。
「押印すべきか判断に迷っている」「相続人との関係が悪化して進まない」など、お困りごとがあれば初回相談無料でお話を伺っております。
相続手続きでお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。