Last Updated on 2026年2月24日 by 渋田貴正
会社を設立して経営していると、「赤字のままだとまずいので、経費を消して黒字にしたほうがいいですか?」という質問をよく受けます。ここでいう「経費を消す」とは、本来は会社の費用であるものを会社で処理せず、社長個人が立て替えた形にして、会社の費用を減らすことを意味します。その結果、会社は黒字になりますが、もし使ったお金を社長が会社口座から引き出していれば、代わりに「役員貸付金」が発生します。役員貸付金とは、会社が役員(社長など)からお金を借りている状態を示す勘定科目です。つまり、黒字に見える代わりに「会社が社長に借金している状態」になります。
ここで、「なぜ黒字にすると役員貸付金が発生するのか?」という点を、もう少し具体的に説明します。例えば、本来は会社の経費として100万円を計上すれば、その分だけ利益は減り、赤字になります。しかし、「赤字にしたくない」という理由でその経費を計上しなかったとします。ところが、実際にはその支払いはすでに行われています。会社の口座からお金が出ていれば、帳簿上も何らかの処理をしなければなりません。経費にしない以上、「会社のお金を社長が受け取った」「会社が社長に貸した」という処理になります。これが役員貸付金です。
つまり、利益を増やすために経費を減らすと、その分だけ「社長が会社からお金を借りた形」に変わるのです。会社からお金は出ているのに、費用として処理しないため、帳簿上は「社長への貸付」という形でバランスを取るしかありません。黒字を作る代わりに、役員貸付金という負債が積み上がる構造です。数字は整って見えても、実態は変わりません。いわば、損益計算書をきれいにする代わりに、貸借対照表が重くなるのです。
例えば、次のようなケースがあります。創業1年目のIT会社で、本来は200万円の赤字でした。しかし、社長が自分の役員報酬を受け取らず、さらに経費の一部を会社で処理しなかったため、決算書上は50万円の黒字になりました。その代わり、決算書には役員貸付金が250万円計上されました。一見すると黒字なので良さそうに見えますが、金融機関の担当者はこの決算書を見て、「計上すべき経費を計上していないわけなので、実質は赤字ですね」と判断します。決算書は、単なる「黒字か赤字か」だけではなく、「どのようにしてその数字が作られているか」まで見られているからです。
役員貸付金が発生する主な理由と対外的評価
役員貸付金は、意図して発生させるものではなく、「帳簿とお金の動きが一致していないとき」に発生します。特に多いのは、次の3つのパターンです。
| 発生理由 | 具体例 | 帳簿上の扱い | 対外的評価 |
|---|---|---|---|
| ① 経費を計上しなかった | 赤字を避けるため、本来は経費の支払いなのに経費にしなかった | 会社が役員に貸したお金として処理される | 決算書を意図的に調整していると見られる可能性 |
| ② 役員報酬以上に私的に引き出した | 生活費などを会社口座から引き出したが、役員報酬として処理していない | 会社から役員への貸付として処理される | 資金管理がずさんと評価されやすい |
| ③ 会社と個人の財布が混在している | 会社のカードで私的支出をしたが、精算していない | 役員への貸付として残る | 法人と個人の区別が不明確と判断される |
①は、意図的に黒字に見せるために発生するケースです。会社のお金は出ているのに、費用として処理しないため、その差額が役員貸付金になります。損益計算書は黒字になりますが、貸借対照表には役員貸付金という形で「歪み」が残ります。
②は、より本質的な問題です。例えば、役員報酬が手取りで月30万円なのに、生活費として会社口座から毎月50万円を引き出していた場合、差額の20万円は役員貸付金になります。これは、会社が社長にお金を貸している状態です。本来、会社のお金は会社のものです。社長個人の財布ではありません。この状態が続くと、会社は社長の財布代わりと見られてしまいます。
③は、創業期の会社に特に多いパターンです。会社と個人の区別が曖昧なまま経営していると、自然に役員貸付金が増えていきます。経営者本人に悪意がなくても、帳簿上は「貸付」として処理されます。
この役員貸付金は、対外的には次のような評価につながります。
まず、金融機関からは「資金管理が適切でない会社」と評価される可能性があります。金融機関は、会社がきちんと資金を管理できているかを非常に重視します。役員貸付金が多い会社は、「将来、会社の資金が社長個人に流出するリスクがある」と判断されます。その結果、融資審査で不利になることがあります。
さらに、取引先からの信用にも影響します。決算書は、金融機関だけでなく、取引先も確認することがあります。役員貸付金が多い会社は、財務管理が未成熟な会社と見られることがあります。
役員貸付金は、「黒字の副作用」として発生することがあります。しかし、その黒字は必ずしも健全な黒字ではありません。むしろ、金融機関の担当者は、役員貸付金のない赤字のほうが、実態を正しく表していると評価することがあります。
赤字と役員貸付金の違いを正しく理解する
赤字と役員貸付金は、見た目の印象は大きく異なりますが、金融機関の評価という観点では、むしろ役員貸付金のほうがマイナスになる場合があります。理由は、役員貸付金は会社の返済義務を意味するからです。赤字は「損失」ですが、役員貸付金は「借金」です。借金は、いずれ返済しなければならないため、会社の資金繰りに直接影響します。金融機関は、この返済能力を非常に重視します。
| 項目 | 赤字 | 役員貸付金ありの黒字 |
|---|---|---|
| 損益計算書(利益) | 赤字になる | 黒字になる |
| 貸借対照表(借入) | 借入なし | 役員貸付金という借入が発生 |
| 返済義務 | なし | 将来返済が必要 |
| 金融機関の評価 | 創業期なら許容されることが多い | 財務が不自然と判断されることがある |
| 透明性 | 高い | 低いと評価されることがある |
金融機関は「実態」を見ています。黒字かどうかは表面的な結果にすぎません。むしろ「自然な形での赤字」のほうが、信頼性が高いと評価されることがあります。
金融機関が役員貸付金を嫌う本当の理由
金融機関の担当者が役員貸付金を嫌う理由は明確です。それは、会社と社長の財布が混ざっていると判断されるからです。本来、会社と個人は別人格です。これを「法人格の独立」といいます。しかし、役員貸付金が頻繁に発生している会社は、会社の資金管理が適切に行われていないと見られることがあります。金融機関の目線で言えば、「決算書が本当の姿を表していない可能性がある」という疑念につながります。決算書は、会社の健康診断書のようなものです。その診断書が加工されている疑いがある場合、金融機関は慎重になります。
さらに重要なのは、金融機関が貸したお金が、事業ではなく社長個人に流れるリスクです。例えば、金融機関が会社に1,000万円を融資した場合、そのお金は本来、設備投資や運転資金など、事業のために使われることを前提としています。しかし、役員貸付金が多い会社では、会社の資金が社長個人に流れることが常態化していると判断されることがあります。そうすると、金融機関は「今回貸したお金も、事業ではなく生活費などの私的用途に使われるのではないか」という懸念を持ちます。これは金融機関にとって極めて重要な問題です。なぜなら、事業に使われれば売上を生み、そこから返済されますが、私的に使われたお金は売上を生まないため、返済原資がなくなるからです。
金融機関は、貸したお金が事業の血液として循環するかを見ています。しかし、役員貸付金が多い会社は、「貸したお金が社長の生活費として消えてしまう可能性がある会社」と評価されてしまいます。この時点で、融資審査は一段階厳しくなります。
また、役員貸付金は法的には会社の資産であり、社長に対する「返してもらう権利」です。しかし実務上は、役員貸付金が長期間返済されないケースが多くあります。金融機関はこの点も理解しています。つまり、帳簿上は資産でも、実質的には回収が難しい資産と評価されることがあります。これは、不良債権に近い性質として見られる場合もあります。
さらに、役員貸付金が多い会社は、「資金管理の規律が弱い会社」と評価されます。金融機関は、融資先の経営管理能力も審査しています。資金管理が不十分な会社は、将来の返済能力にも不安があると判断されます。
創業期は赤字でも問題ない理由
創業期の会社が赤字になることは、むしろ自然なことです。設備投資、広告費、人件費などの先行投資が必要だからです。金融機関も、この点は十分理解しています。重要なのは、赤字の理由です。売上が増加しているか、将来の収益見込みがあるか、資金繰りが管理されているか、これらが評価の対象になります。実際、金融機関の担当者から「無理に黒字にしてより、正直な赤字のほうが評価しやすい」と言われることは珍しくありません。
金融機関が本当に見ている3つのポイント
| 評価項目 | 内容 |
|---|---|
| 資金繰り | 現金が不足していないか |
| 利益の質 | 一時的な操作ではなく継続的な利益か |
| 財務の透明性 | 決算書が実態を正しく反映しているか |
役員貸付金で黒字にする行為は、この「利益の質」と「透明性」の評価を下げる要因になります。
決算書は、単なる税金計算のための書類ではありません。会社の信用を証明する最も重要な書類です。金融機関、取引先、投資家など、多くの第三者が決算書を見て判断します。無理に黒字を作るより、実態を正しく反映した決算書のほうが、結果的に信用につながります。赤字は病気ではありません。むしろ、無理に黒字にして財務体質を歪めるほうが、後から大きな問題になることがあります。
当事務所では、単に税金を計算するだけではなく、金融機関の評価も踏まえた決算書の作成をサポートしています。赤字の扱い、役員貸付金の整理、融資に強い決算書の作り方など、実務に基づいたアドバイスが可能です。決算書は、未来の資金調達を左右する重要な戦略ツールです。不安がある場合は、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。
