Last Updated on 2025年7月25日 by 渋田貴正
会社が自己株式を取得した後、そのまま保有し続けることもできますが、多くの場合、将来的には「消却」が検討されます。では、その際、自己株式の帳簿価額を「利益剰余金」で相殺することはできるのでしょうか?
この点については、会社法・会社計算規則・会計基準・税務上の処理、さらに登記の要否など多面的に理解しておく必要があります。本記事では、税理士・司法書士の立場から、専門的な内容をできるだけわかりやすく整理して解説いたします。
自己株式とは?
まず基本的なところからです。自己株式とは、会社が市場や株主から買い戻した自社の株式のことを指します。会社が自己株式を取得する際は原則として株主総会の特別決議などが必要となります。
取得された自己株式には、議決権や配当請求権がなく、帳簿上は「純資産のマイナス項目」として表示されます。
会社がこの自己株式を消却(貸借対照表上から消し去る)するには、会社法178条に基づいて手続を行います。
(株式の消却)
|
自己株式を「利益剰余金」で相殺できるのか?
自己株式の帳簿価額をどの勘定科目から減額するかについては、かつては会社の判断に委ねられていました。
しかし現在は、会社計算規則などにより、明確な優先順位が定められています。そのルールとは、以下の通りです。
自己株式の消却にあたっては、
1)まず「その他資本剰余金」から減額
2)それでも足りない場合には「繰越利益剰余金」から減額
このルールに従い、自己株式の帳簿価額は下記のような順序で処理されます。
自己株式を消却する | |
↓ | |
その他資本剰余金の残高は自己株式の額以上か? | |
↓Yes | ↓No |
その他資本剰余金から全額減額 | その他資本剰余金をゼロまで使用 |
↓ | |
残りは繰越利益剰余金から減額 |
自己株式の帳簿価額が500万円、その他資本剰余金の残高が300万円しかない場合、次のような仕訳になります。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
その他資本剰余金 | 3,000,000円 | 自己株式 | 5,000,000円 |
繰越利益剰余金 | 2,000,000円 |
実際には、特に中小企業においては、その他資本剰余金は計上されていないことが多いため、結果的には自己株式の消却は繰越利益剰余金から行うことが多いです。中業企業などの非上場企業では基本的に配当を出すケースは少ないため、利益剰余金が減少して配当原資が減ったとしてもそれほどのデメリットはないでしょう。
自己株式と利益剰余金を相殺した場合、登記手続きは必要か?
ここで誤解されがちなのが、自己株式の消却は登記不要と思われる点です。
確かに、会社法178条に基づく単純な自己株式の消却では、株主総会決議は不要で、資本金の額が変動しない限り資本金変更登記は不要です。
しかし、発行済株式総数が減少する場合には登記が必要です。というのも、発行済株式総数は登記事項であるため、たとえ資本金が変わらなくても、発行済みの株式数に変動があれば変更登記が求められます。
そのため、自己株式の消却によって株式総数が減る場合には、次のような登記が発生します。
登記事項 | 要否 |
資本金の変更 | △ 条件付き(減資する場合のみ) |
発行済株式総数の変更 | ◎ 必須 |
税務上の扱いにも注意
税務上、自己株式の取得や消却は「資本等取引」として扱われ、基本的に損益には影響を与えません。
しかし、繰越欠損金との関係や、資本金等の額・利益積立金額の区分には注意が必要です。消却後のバランスシートや法人税別表の記載にも影響するため、税務申告前には顧問税理士などと綿密な確認を行う必要があります。
また、自己株式を取得した際の原資が利益剰余金なのか、資本剰余金なのかによっても、税務上の調整処理が異なるため、取得時からの記録管理が重要です。
また、登記の際には自己株式の消却に関する取締役会議事録や株主総会議事録などの添付書類が必要になるケースがありますので、事前に必要な書式や記載内容を確認しておきましょう。
自己株式の消却は、会社法、会社計算規則、会計基準、法人税法、そして登記実務と、複数のルールが複雑に絡み合う手続きです。
正確な判断を怠ると、思わぬ税負担や登記漏れにつながるおそれがあります。
当事務所では、自己株式の取得・消却に関する会計・税務・登記の一括サポートを行っております。
株主構成の確認や議事録の整備も含めて丁寧に対応いたしますので、ぜひお気軽にご相談ください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。