Last Updated on 2025年6月8日 by 渋田貴正

相続開始直後の「お金が使えない問題」とは?

相続が発生して、その旨を金融機関に通知した場合、被相続人名義の預貯金口座は多くの金融機関で凍結されます。これは、相続人同士の争いや不正な引き出しを防止する目的がある一方、葬儀費用や生活資金の支払いといった緊急の出費に対応できないという現実的な問題がありました。

特に深刻だったのは、次のようなケースです。

  • 被相続人と同居していた配偶者や子どもが、生活費を被相続人の年金等に依存していたため、収入がゼロに
  • 病院代や葬儀費用を立て替える資金が相続人にない
  • 遺産分割協議に時間がかかるが、その間の資金繰りに窮する

このような事情があるにもかかわらず、改正前は、一部の預金を引き出しただけで「遺産の処分」とみなされ(単純承認)、相続放棄ができなくなる可能性があり、慎重にならざるを得ませんでした。また、金融機関側も法的根拠がないまま相続人の一人からの払戻しには応じられないという立場でした。

民法第909条の2の新設と背景

このような現場の声を受け、2018年に民法が改正され、「遺産分割前の預貯金の一部払い戻し」を相続人が単独で行える制度が新たに設けられました。それが民法第909条の2です。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)

民法 第909条の2
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす

【条文の趣旨】

相続人が、預貯金債権の一部を、法定相続分に応じて引き出せる(法務省令で定める額は150万円)
  • 上限は「上限は「預貯金残高の3分の1 × 法定相続分」。ただし、1金融機関あたり150万円を上限
  • 払戻しを受けた金額は、遺産の一部を取得したとみなされる

この制度により、生活費や葬儀費用といった緊急資金の手当てが柔軟にできるようになり、遺族の不安が大幅に軽減されました。

いくらまで引き出せる?制度のしくみを例で解説

民法第909条の2に基づいて引き出せる金額は、以下の3つの条件で決まります。

条件 内容
① 預貯金残高の3分の1 相続開始時の金額に基づく
② 法定相続分 民法第900条・901条に従う
③ 法務省令の上限 金融機関ごとに150万円が上限

【具体例】

  • 被相続人の預金残高:600万円
  • 相続人:子2人(法定相続分 各1/2)
  • 3分の1:600万円 × 1/3 = 200万円
  • 各相続人の限度額:200万円 × 1/2 = 100万円

→ この場合、→ この100万円は、150万円以内なので全額行使できます。そのため、子1人につき最大100万円までを、各自が単独で引き出すことができます。

金融機関の実務対応はどう変わった?現場での流れと注意点

制度が施行されたことで、金融機関は相続人からの払戻し請求に一定の対応をとるようになりましたが、現場では依然として慎重な姿勢が強く、対応のバラつきもあります。

  • 一般的な対応フロー
  1. 相続人が「民法909条の2に基づく払戻しをしたい」と申し出る
  2. 金融機関が必要書類と内容を確認し、内部稟議
  3. 相続関係・金額・相続割合を確認し、払い戻し額を決定
  4. 払戻しは原則として、相続人本人名義の口座に振り込み
  • よくある実務例

【ケース1】

喪主となった長男が、葬儀業者から「内金50万円」の請求を受けるも、父の預金が凍結されていた。戸籍・印鑑証明を準備し、金融機関の窓口で制度利用を申し出。翌日には100万円が自身の口座に振り込まれ、葬儀費用に充てられた。

【ケース2】

母親と同居していた長女が、母の年金で生活していた。母の急逝で生活資金が尽きる危機に。遺産分割前だが、母の預金から単独で100万円を払い戻し、当座の生活費を確保。

  • 金融機関ごとの違い
項目 都銀A 地銀B 信用金庫C
書類の厳しさ 比較的緩やか 戸籍全提出必須 印鑑証明も要提出
処理時間 即日〜2営業日 1週間前後 審査日数が長め
職員の理解度 制度を把握済 担当者次第 上席判断が多い

制度自体が新しいこともあり、事前に問い合わせをしてから訪問する方がスムーズです。説明に不安がある場合は、専門家に同席を依頼するのも有効です。

民法第909条の2は、相続人の生活や葬儀費用に対応するための重要な制度です。ただし、制度を利用するには法律の知識や手続書類の整備が必要であり、個人で対応しきれない場面も多いのが実情です。

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