Last Updated on 2025年5月29日 by 渋田貴正
被相続人の債務を支払うと相続放棄はできなくなる?
相続放棄を考えている方にとって、最も注意すべきなのが「被相続人の債務(借金・ローン)の弁済」です。
「とりあえず支払ってから考えよう」「請求が来たから仕方なく払った」という行為が、法律上の「相続の承認」とみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります。
その判断の鍵となるのが、民法第921条に定められた「法定単純承認」です。
相続放棄とは、被相続人の財産(プラスもマイナスも)を一切引き継がないという意思表示です。
その手続は、家庭裁判所に申し立てる必要があり、原則として相続が発生したことを知った日から3か月(熟慮期間)以内に行う必要があります。相続放棄が認められると、その人は「はじめから相続人でなかったもの」とみなされます。
法定単純承認とは?
民法第921条では、一定の行為を行った場合に、自動的に相続を承認したとみなされる(=単純承認)と定められています。
(法定単純承認) |
この中で特に問題になりやすいのが、「①相続財産の全部または一部を処分したとき」です。
被相続人の債務の弁済が「相続財産の処分」にあたるか?
被相続人の債務を相続人が支払った場合、それが「相続財産の処分」に該当するかについて、学説上は次のように意見が分かれています。
見解 | 概要 |
相続財産の処分に該当する | 弁済は処分行為であり、単純承認に該当するとする見解 |
相続財産の処分に該当しない | 債務の履行は相続財産の減少を伴わず、保存行為であり処分に該当しない可能性あり |
実際に支払いをした場合でも、その支払資金の出どころによって、法定単純承認に該当するか否かが変わります。
支払資金の出どころ | 単純承認のリスク | 評価のポイント |
被相続人の預金から支払った | 高い | 相続財産の処分と評価されやすい |
相続人の自己資金で支払った | 低い | 自分固有の財産で他人の債務を支払ったに過ぎない |
相続人以外の第三者が支払った | ない | 相続人の行為でなければ処分に該当しにくい |
相続人が自分のお金で債務を弁済することは「相続財産の処分」には当たらないということです。結果的に、後日相続財産から補てんするつもりであれば、その補てんをした時点で相続財産の処分になるので相続放棄はできなくなると考えられます。
裁判所では以下のような判例があります。
概要 | 判断内容 |
代物弁済予約に従った弁済 | 限定承認の前に処分ありとして、単純承認に該当 |
一部債権者への弁済 | 相続財産の範囲を不明確にし、不公平を招いたとして |
死亡保険金からの弁済 | 保険金は相続財産に該当せず、処分にあたらない |
このように、「債務の弁済」は処分とみなされやすく、相続放棄の妨げになるリスクが極めて高いのです。
例外的に、社会通念上やむを得ない費用の支払いは処分とされないこともあります。
相続財産からの支出 | 処分とみなされるか | |
葬儀費用 | 原則なし | 社会的儀礼として必要な範囲であれば処分とはならない |
医療費の清算 | 原則なし | 死亡前後の未払い分の支払など |
固定資産税の支払い | 要注意 | 物件の名義変更を伴うと処分と評価される可能性あり |
ただし、こうした判断も金額や文脈に左右されるため、「自分で判断しない」ことが最も重要です。
以下の行為には要注意
行為 | 相続放棄への影響 | 補足 |
請求が来たから借金を支払った | 放棄不可の可能性 | 支払意思の表示と評価されるおそれ |
通帳から残高を引き出した | 原則処分に該当 | 相続財産への介入と評価 |
不動産の名義変更(登記) | 完全な承認と評価 | 放棄は不可能となる |
「放棄を検討しているなら、何もしない」が鉄則です。
少しでも相続財産に手をつけると、法的には「承認した」とみなされてしまうおそれがあります。
支払いや手続きをする前に、必ず専門家に相談しましょう。
当事務所では、相続放棄や限定承認に関するご相談を多数取り扱っております。
支払いや解約などの前にご相談いただければ、最適な対応をご提案いたします。
「これって相続承認になる?」「放棄がまだ間に合う?」
とお悩みの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

司法書士・税理士・社会保険労務士・行政書士
2012年の開業以来、国際的な相続や小規模(資産総額1億円以下)の相続を中心に、相続を登記から税、法律に至る多方面でサポートしている。合わせて、複数の資格を活かして会社設立や税理士サービスなどで多方面からクライアント様に寄り添うサポートを行っている。