Last Updated on 2025年4月4日 by 渋田貴正

相続放棄は、相続開始(通常は被相続人の死亡)を知った日から3か月以内に、家庭裁判所へ申述しなければならないと定められています。この「3か月ルール」に間に合わなければ、原則として相続を承認したことになり、多額の借金を背負うことにもなりかねません。

しかし、実際の家庭事情や財産内容が複雑な現実では、「3か月で判断するのは酷ではないか」という状況も多く存在します。そこで、裁判所が熟慮期間の起算点についてどのように判断しているかを、複数の裁判例をもとに詳しく解説します。

判例で見る熟慮期間の判断ポイント

【1】東京高決 平成14年1月16日

相続財産の存在を知った時点で「熟慮期間」がスタート

被相続人の死亡からわずか1週間後に不動産を長男が取得する遺産分割協議が成立。その後、他の兄弟は「相続分不存在証明書」に署名していたにも関わらず、3年半後に借金が発覚して相続放棄を申し出たが、却下された。

裁判所は「一部でも財産を把握し、かつ自らの相続分を放棄する手続をしていた以上、相続の開始を認識していた」として、熟慮期間は死亡から3か月後に満了したと判断。

📌ポイント:財産がプラスかマイナスかは関係なく、「財産がある」と具体的に知っていれば3か月ルールが適用される。


【2】高松高決 平成13年1月10日

小額でも財産を認識していれば「相続放棄は遅い」ことに

被相続人の遺産として宅地、建物、預金15万円があることを養子である相続人が把握していた事案。死亡から3年半後に債権者から請求を受けて放棄を申し出たが、却下。

「預金15万円」という金額の大小に関わらず、遺産の一部を把握していれば熟慮期間は進行するという判示で、一般の感覚とのギャップを感じさせる。

📌ポイント:財産の額の大小は無関係。1円でも知っていれば「知っていた」とみなされる。


【3】東京高決 平成19年8月10日

高齢者や特殊事情がある場合は例外が認められる

95歳の母が相続人。亡くなった息子が所有していた土地は狭く、資産価値がほとんどないうえ、母子の関係も希薄だった。後から保証債務が発覚したため放棄を申し出た。

裁判所は、「高齢で交際もなく、土地に資産価値が乏しいと信じたことは相当」として、債務を知った時点を熟慮期間の起算点と認定。

📌ポイント:信じていた内容に相当な理由があれば、放棄の期限はリセットされる。


【4】東京高決 平成12年12月7日

遺言による偏った相続の信頼も「正当な理由」になる

相続人の一人が「すべて兄に相続させる」という遺言があったため、自分には関係ないと判断し何もしなかったが、実際には一部の債務が自分に相続されていた。

裁判所は、「遺言の内容や銀行(遺言執行者)の説明を信じたことに合理性がある」として、熟慮期間を後からの債務認識時に変更。放棄を認めた。

📌ポイント:専門家の説明や遺言の内容を信じていた場合は、認識のズレに配慮されやすい。


【5】名古屋高決 平成11年3月31日

「自分は関係ない」と信じる背景があれば放棄OKに

長年別居し、相続財産の処理も兄に任せていた妹が、後になって保証債務を知ったケース。裁判所は「妹が遺産を相続しないと信じたことに無理はない」として、債務を知った時点から熟慮期間を起算。

📌ポイント:遺産を実際に取得していなくても、「関係ない」と信じた事情が正当なら救済される。


【6】高松高決 平成20年3月5日

JA(農協)の誤情報で放棄しそびれたケースでも救済あり

農協に債務の有無を確認したところ「なし」との回答があったため、放棄しなかったが、後日3億円の保証債務が判明。裁判所は「正確に調査した結果の錯誤」であれば熟慮期間は後から始まると認定。

📌ポイント:調査義務を尽くしていたかが重要。調査を怠っていなければ、後からの訂正が可能。

判例(裁判所・年月) 主な事情 裁判所の判断 放棄の可否
東京高裁 平成14年1月16日 不動産の分割協議後に借金判明 遺産の存在を具体的に把握していたので、死亡時から3か月経過で却下
高松高裁 平成13年1月10日 預金15万円の把握後、後に債務判明 小額でも財産を知っていれば3か月カウント開始
東京高裁 平成19年8月10日 高齢の母が評価ゼロの土地のみ認識 相続財産なしと信じる相当な理由あり。債務認識時が起算点
東京高裁 平成12年12月7日 遺言によりすべて兄が相続すると思っていた 遺言・執行者の説明を信じたことに合理性あり
名古屋高裁 平成11年3月31日 兄に任せており、関与していなかった 「自分は無関係」と信じたことに無理はない
高松高裁 平成20年3月5日 農協から「債務なし」と誤った回答 錯誤に陥ったのはやむを得ず、後からの申述も認められる
判例から読み解く、熟慮期間後の放棄が認められる条件

判例を通じて、熟慮期間が延長されたり、放棄が認められるケースに共通するのは以下のようなポイントです:

条件 内容
相続財産を知らなかった合理的な事情 長年別居、音信不通、遺言の内容など
債務の存在を知らなかったことに相当な理由 債権者からの通知がなかった、誤った説明を受けていた等
放棄の必要性を判断できなかったこと 財産がほぼ無価値と信じていた、専門家の説明を信じた等
調査義務を果たしていたこと JAや金融機関に問い合わせをした、専門家に相談した等

相続放棄の3か月という期限は、確かに原則です。しかし、現実には例外も多く、「知らなかった」「想定していなかった」事情に対して、裁判所も柔軟に判断していることがわかります。

ただし、「知らなかった」だけでは通用しません。「知らなかったことに理由があるか」「調査義務を尽くしていたか」が重要です。

「すでに3か月を過ぎてしまったから……」と諦める前に、ぜひ一度ご相談ください。まだ相続放棄は間に合う可能性があります。当事務所では、相続放棄の成否に関する実績ある裁判例をふまえ、依頼者様の状況に合った最適な対応をご提案しています。

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